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元気の子

Author:元気の子
(好きな言葉)
「ん?ちょっと待てよ…」
「結論から申しますと…」
「別にいいですよ、タクシーで帰るんで。」
「例えて言うなら…」
「これメッチャ美味いですから!」
「要は何が言いたいの?」
「そんなこと初めて言われました。」
「先生(医師)が困っています。」
「なんとかしましょう!」
「いいよ、ここはオレがおごるから!」

(嫌いな言葉)
「温泉行きたい」
「感情的になんかなっていません!」
「お客様、そろそろお会計の方を…」
「ディズニーランド行きたい」
「あっ、私、ウーロン茶で!」
「私って何歳に見えますかぁ?」
「迷惑かけるんで辞めます!」
「痒いところはないですか?」
「全てお勧め(メニュー)です!」
「どっか行きたい。」
「只今満席です。」
「血液型何型ですか?」
「リモコン取って!」
「後はお客様の好み次第ですね。」

(連絡先)
info@yotsubakai.or.jp




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あらためて

「介護の目的ってなんだ?」と思い、

ググッてみました。

するとおなじみの文章が!




※介護保険法抜粋
(目的)
第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。




要は、利用者が

「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した

日常生活を営むことができる」ように支援すること


介護保険上における介護の目的らしいです。




私は、この目的のあいまいさが、

全てを狂わせていると思っています。




例えば、ケアプラン。




ケアプランとは、

言ってしまえば、

「主に介護に関する利用者の問題解決プラン」なのですが、




その解決の方向性が、

「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した

日常生活を営むことができる」ことでは、

そりゃケアマネも訳分からんでしょう。




なので、

同じようなケースでも、

ケアマネごとに十人十色の目標設定&アプローチ

になってしまいます。




つまり、

個々のケアマネのバックボーンや価値観が

ケアプランの方向性の根拠になってしまう
のです。




これってすごくいい加減ですね?




だからケアマネさんはいつも悩んでいます。

「私の方針ってもしかして間違っているのかしら?」

「本当に利用者にとって幸せだったのかしら?」





老人ホームにおいても、

介護の目的が曖昧なため

職種やスタッフごとにケアの方向性がバラバラになってしまい、

いつも衝突が絶えません。

で、結局は声の大きいスタッフの方針が採用されます。

なんじゃそりゃ?ですよね。




かと言って、私は

厚労省に介護の目的をもっと具体的にしろ

とは言いません。(誰も聞きませんが)




厚労省も介護の概念を狭めることによって、

そこから溢れてしまう人の声を恐れているのでしょうから。




介護というジャンルは

医療ほどシンプルではなく、

宗教や哲学的な要素も含まれているので、

具体化すればしたで、

問題になってしまいます。




で、




何が言いたいのかと言うと、

事業所(法人・会社)ごとに介護の目的を具体化しろ!

ということなのです。




つまり、

ビジョン(理念)を掲げろ!

ということです。




事業所の選択の余地のないド田舎や離島はともかく、

複数の事業所が乱立している地域(ほぼ日本中コレでしょ)

においては、その理念こそが

利用者にとって選択に資する情報になるべきだと考えています。




「当社はとことん自立支援にこだわります。」

「当社は何よりも心のやすらぎを追求します。」

「当事業所は機能訓練の場です。」

「当法人の存在意義は社会のセーフティネット足りうることです。」





このように、国が定める介護の定義から

脱線しない程度のビジョンを

事業所(法人・会社)ごとに掲げてくれたら、

利用者も分かりやすいし、

何より働く人が分かりやすいです。

仕事の目的がはっきりしますから。




逆に言えば、

少なくとも介護業界においては、

具体的なビジョンのない事業所(法人・会社)は、

自動的に、

「何がしたいのか全くわからない所」

「中身がない所」


と位置付けされてしまいます。




「老人をダシに金を儲けている所」

と言われても仕方がないでしょう。




☆本日の結論
「公の資格や研修よりも、社内教育の方がすんごく大事ってことですね。」




(おまけ)

当法人のビジョンは、

利用者に心身共に元気になってもらうこと。

またそのご家族や地域全体、もちろんスタッフも元気になること。

仮に元気になる気配がなくても諦めずに元気を生み出すこと。

つまりは「元気を創る」ということです。

文句あるか?!(笑)


詳しくはコチラをどうぞ!

いったい、これからの日本人は何を目指せば良いのか?




今後、世の中が益々グローバルになることを考慮すると、

やはり、

世界の中で日本人らしさを生かした活躍をすべき

だと思う。




そう考えた時、




まず、体力勝負では分が悪い。

特にアフリカンとは余りにポテンシャルが違いすぎる。




日本人の小学生が、

逆上がりが出来るだの出来ないだの言ってる間に、

アフリカンの4歳の子がムーンサルトを決めていそうだ。




日本人がどんなにドーピングしても、

NBAの選手のような動きは出来ないだろう。




もし彼らがフィギュアスケートを本格的にやっていたら、

5回転ジャンプなんて簡単に出来てしまうだろう。




「はい!体力消えたぁぁ!」




次、知力はどうだろう?

これは、そこそこいけそうだな。




でも、日本人より賢い国民はゴロゴロいそう。




特にビジネスで重要となる

アイデアと問題解決能力に関しては

やっぱ苦手かな。




アイデアならば、

しいて日本人が勝る分野と言えば、

オタク的発想だろうか。




例えば、

車の発明は欧米発だけど、

それにドリンクフォルダーつけたり

カーナビを考案したり。




大元のアイデアは考案できないけど、

それを細かく発展させる

オタク的アイデアは得意なんだよね。




家電や携帯電話を見ても

それは明らかっしょ。




「誰がそこまで凝れって言ったんじゃコラ!」

って言われそうなくらいオタク的です。




また、

物作り文化も凄いよね。

日本の子供は小さい時から雑誌の付録でおもちゃ作ってるし、

もし、世界プラモデル選手権を開催したら、

上位は日本人が独占するだろうね。




これからも、

従来からの物作り文化とオタク魂の融合が

日本人の生産力を支えそうだな。




ただ、

日本人が物作りに関して最も致命的なのは

デザインのセンスがないってことなんだよねぇ。




だから、

車も家電も洋服も家具も、

美味しい所はセンスのある人たちに

持って行かれちゃうんだよなぁ。




外国人が、ビジネスや商品のアイデアを生み、

あるいは、おしゃれなデザインを考案し、

それをキチッとした形に仕上げたり

進化させるのが日本人。

って感じだよね。




そう!

このキチッと仕上げるという

几帳面さが日本人の優れたところなんだよなぁ。




漫画にしても、キチッと絵をかくし。




アメリカンのコミックなんて、

あり得ないくらい絵が雑だもんね。




要するに仕事が丁寧なんだね。

日本人は。




てなことをあれこれ考えていたら、

突然!ああ!

と思いました。




介護の仕事こそ日本人が世界一になれる分野じゃん!

って。




攻撃性が少なく

謙虚で

お人良しで

仕事が丁寧な上に

清潔を好み

そこそこ賢い。





完璧じゃ!




あなたはアングロサクソン系の介護士がいる施設で

遠慮なくナースコールを押せますか?

「What?」

ってテンション高そうに言われたらどうしますか?




思わず、

「I'm sorry」

って言ってしまいそうですよね。




アフリカ系の人も優しそうですが、

日本人独特の謙虚さの方が価値がありそうです。




日本人は清潔好きってのも最高ですね。

これはアジアの中でも抜きん出ていると思います。




マニュアルを理解する知能もあるし

報告・連絡・相談というチームケアも

協調性良く真面目にこなすでしょう。





いいですねぇ。

ジャパニーズ介護士 イズ ナンバーワン!

の時代がやってきそうです。




介護大国日本を目指すのであれば、

今の少子高齢化はもってこいの時代背景ですよね。

さらに日本の介護力に磨きがかかりますよ。




皆さん!

介護の仕事で日本一になれば

世界ランキング一位も夢ではないですよ。




よおし!

俄然やる気が出て来きたぞぉ!




☆本日の結論
「でも、施設の経営者にはアングロサクソン系が適しているんだろうなぁ。(問題解決能力が…)」


あたなが合コンにてイマイチ乗り切れず、

口数少なくつまらなそうに過ごしていたとしましょう。




そのとき、

「鈴木さん、さっきからつまらなそうにしているわね。

あっちでは皆でワイワイやってるわよ。

あっちに行って一緒にしゃべりましょうよ。」


と言われたらどう思いますか?




素直に言う通りにする人もいるかもしれませんが、

ある程度プライドが高い人なら、

「今日はしゃべる気分じゃないから、

一人でボーっとしていたいんだよ。」


のようなことを言って、

その誘いには応じないでしょう。




このように、

相手がマイナスの感情を抱いている時に。

そのマイナス要素をストレートに口にして

プラスの方向に導こうとしてもダメですよね




それは非常に恩着せがましい声掛けになっていしまいます。




相手のプライドをまともに傷つけてしまいます。




でも、これをやってしまっているんです。

介護現場では。




「(私が介助するので)

トイレに行きませんか?」





「(私が介助するので)

お風呂に入りませんか?」





「(居室にいても退屈でしょうから)

食堂で皆さんとお話しませんか?」





「(ずっと家にいるとダメになるので)

デイサービスに行きませんか?」





ストレート過ぎるんですよね。




「大きなお世話だ!放っておいてくれ!」

となって、頑なに拒否されますよね。

完全に逆効果です。




「居室の箪笥に洋服を入れたいのですが、

良く分からないので教えていただけませんか?」



「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」


「ありがとうございます。お手数おかけします。

あっ、ついでにお手洗いに寄って行かれてはいかがでしょうか?」



「おお、そうじゃのう。行こうか。」





「あの〜すみません…

あちらのテーブルで今タオルを畳んでいるのですが、

どうしてもはかどらないので、手伝って頂けませんでしょうか?」



「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」


「ありがとうございます。お手数おかけします。

あっ、こちらは田中さんという方で、

鈴木さんより3歳年上らしいですよ。」



「ああ、ワシの先輩かぁ。どうも始めまして鈴木です。」




このように、高齢者への声かけは

「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」

という返事をもらえるようなものを目指すのが

ベターかと思います。




そのためには、

本人が気分良く同意してくれるような理由付け

が必要になります。




また、その理由も無意味なものでなく、

本人の役割や活動や他利用者との交流につなげるものであれば、

レバレッジが効いて良いかと思います。




要は、

相手のプライドに配慮した声かけをしろ

ということですね。




合コンでは普通にそういう配慮が出来ても、

介護の場面ではなぜか省略されることが多いので、

是非とも活用をお願いしたいと思います。




☆本日の結論
「特に初期の認知症の方にはガッツリ配慮して下さい。」

前回の記事続きです。




前回のランキング中の職種を見ると、

百姓や大工以外は専門家(明らかにそれが特技の者)

でなければ成立しないですよね。




誰でもいいから手の空いてる者にさせる

というわけにはいかないですよね。




さて、

弥生時代に高齢者がどの程度いたのか?

認知症の人がいたのか?

彼らは大切にされたのか?

ということを度外視して考えますが、




仮に、

「年寄りの世話が必要だ」

となったときに、

果たしてそれを専門家にさせようとするでしょうか?




あなたが弥生時代にタイムスリップして

偶然そういうニーズに出くわした時に、

「私はお年寄りの方のお世話が上手く出来ます。」

と言ったら、

「おお!そういう人を探しとったのじゃ。是非頼みたい!」

とオファーされるでしょうか?




おそらく…それはないと思います。




「そんなことはいちいちお前さんに頼まんでも、

誰にでも出来るわい!」


という反応だと思います。




今、あなたが持っている知識や技術を全てアピールしても

「ふ〜ん。でもいらない。

だと思います。




その扱いは

武道の達人、医師、音楽家、画家等とは

明らかに異なるでしょう。




介護という分野は

ハイテク産業とは異なり、

古今東西本質的には似たようなことが

求められている超アナログ的な仕事だと思うので、




弥生時代における扱いは現在における扱いと

大きくはかけ離れていないと思います。





つまり、現在においても、

家庭内で介護を担う人手さえ足りていたら、

「別にわざわざプロを雇ってまでは…」

という位置づけなのかなと。




つまり、

プロの介護士といえど、

その社会的位置付けは、未だに、

「家族の代わりにお年寄りを見てくれる人たち」

という所から脱却出来ていないのかなと。




よく介護業界の人が

「介護の仕事はこれからの日本にとって

本当に必要且つ重要なのだから…」


と叫んでいますが、

その根拠も、所詮、

「家族が忙しくて世話出来ないから」

という部分に依ることが大きいのかなと。




だから、

失業者→介護士

という発想になるのかなと。




だったら、

ある意味それも仕方ないのかなと。




嫌!そうではない!

我々介護士の専門性は偉大であ〜る!





と言うのであれば、

例え弥生時代にタイムスリップしても

重宝されるような知識・技術を

身に付けておく必要があるのではないか。





などと思った日曜日の夜でございます。




☆本日の結論
「弥生時代でも通用する介護専門家としての“売り言葉”を考えてみよう!」

唐突ですが、

もし弥生時代にタイムスリップしたら

あなたは活躍できますか?




というわけで、




もし私が卑弥呼なら、

どんな者を雇用するだろうか?

と考えてみました。




ランキングにしてみました。




1位.とりあえず強い奴

2位.医者

3位.料理人

4位.大工

5位.百姓

6位.漁師

7位.アパレル系の奴

8位.美容師

9位.数学・物理学に強い奴

10位.音楽が弾ける奴(あるいは歌の上手い奴)

11位.写真のような絵が描ける奴

12位.物語を作れる(語れる)奴

13位. 悟りを開いた坊さん

14位. やたら道に詳しい奴

15位.イケメン

16位.マッサージが上手い奴

17位.笑わしてくれる奴




もしかすると重要な仕事が漏れているかもしれませんが、

思いつくまま書くとこんな感じです。




※勘の鋭い方なら、男の王ではなく

あえて卑弥呼にした理由が分かりますよね




それはいいとして。




やはり、

身の安全や衣食住に関するものが上位になり

次に政治や文化や学問に関するものがきて、

最後は娯楽的な要素のものを求めています。




もちろん弥生時代ですから、

IT、自動車、家電というジャンルは

お呼びでないですね。




金融系もまだ必要ないです。




行政書士も(笑)。




しっかし、

こうやって考えると

やっぱ医者は強いですね。

さすがです。




整体師なんかも重宝されるでしょうね。




で、

我らが「介護」ですけど…

正直ベスト20にも入らないと思いました。




なんでだろ?




♪ジャジャジャジャジャジャジャジャ




なんでだろ〜




なんでだろ〜




な・な・な・なんでだろう〜




続く。




☆本日の結論
「あなたが卑弥呼なら介護は何位?」

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