前回の記事で言いたいことは、

要するに、

職員との葛藤を生み出すというリスク、

これを引き受けることができるのか?

ということです。




リスクなきところにリターンなしです。




ドラッガーも、

「部下を脅威に感じるマネジャーは、そもそもの資質がない!」

と言いきっていますし。




さて、

このリスクという言葉ですが、




これは、

事の重大さ×発生確率

で弾き出すものです。




介護現場における事の重大さとは、

利用者の死亡 > 骨折入院 > かすり傷

あるいは、

訴訟 > 風評被害 > 苦情 > 家族・ケアマネに愚痴る

というイメージで考えてもらえは良いです。




よって、

カンファレンスで「リスク」という言葉を聞いたら、

どんな事態がどの確率で起きるか?

ということを明らかにする議論をしてこそ専門職と言えます。




例えば、

介護職の発案で、

特浴から個浴に移行しようとした際に、

看護職やリハ職から

「それはリスクが高いから止めた方が…」

と言われた際に、




「利用者にとって具体的にどのような不利益が

起きると考えていますか?」

「また、その発生確率はどの程度だと思われますか?」


ということを聞くわけです。




でもって、

そのリスクと、

個浴に入ったことによる利用者の利益とを天秤にかけて、

結論を出すというやり方です。




これが多職種協働のカンファの理想形です。

介護現場ではハードルが高いと思いますが、

目標としてもらいたいものです。




ちなみに、

リスクの程度を確認しないまま、

取り組みを撤回するのはもちろんダメですが、

最悪なのは、

リスクの中身すら確認せず、

「看護の〇〇さんが反対したから」

という理由で他の介護職に説明することです。




理屈云々以前の問題で、

職場全体が闘争逃避になり、

職員のモチベーションが低下していきますから。




特に、

そのような役割を担うであろう

介護主任やリーダーは、

リスクの中身を丁寧に説明できるようになりましょう。

そうなれば、

部下が納得するだけでなく、

介護職全体の勉強となり成長となりますんで。




☆本日の結論
「リスクを説明する側も勉強が必要なので、看護職やリハ職もレベルアップします。」

昨日の記事でリスクについての

やりとりを紹介しましたが、



この大前提として、

介護職の積極的な姿勢が問われます。




そもそも、

特浴から個浴に移行したい!

という案は介護職の積極性から生まれています。




そういった案に対して、

専門的かつ冷静にそのリスクを検証するのが、

看護職やリハ職の役割になる、

というのが

特に入所施設では一般的なスタイルだと思います。




よって、

肝心の介護職が、

そもそも消極的な思考であれば、

リスクに関する議論すら生まれません。




もちろん、

消極的な介護をすることによるリスクも多々あります。

廃用症候群や認知症の進行等ですが、

実はこれらは「老化」としてうやむやにできてしまうので、

責任問題になりにくく、

事なかれ主義の施設であればあるほど、

このリスクを過小評価します。




逆に、

個浴への移行の他、積極的な離床、経口摂取等の

積極的な介護の場合、

その過程で事故があった際に責任問題になりやすいため、

そのリスクは過大評価されがちです。




まあ、

この構造こそ、

全国の施設において、延々と

「元気を創らない介護」が推進されてしまう原因

になっているわけですが。




で、

何が言いたいかと言うと、

介護職に積極的な介護をしようという姿勢がなければ、

職員全員の勉強も成長も

そしてモチベーションも生まれないですよ。

ということです。




問題中心より機会中心で考えよ!

というドラッガーの言葉も、

まさにこのことを指していると思います。




というわけで、

知識はなくとも、

積極的な姿勢だけは持て!


という言葉を、

ベテランから新人まであらゆる介護職に贈りたい

今日この頃です。




☆本日の結論
「提案する前からビビってどうする!?」

特にデイサービスにとってのことですが、

生活相談員にとって大事なのは、

今やっているサービスの説明です。




例えば、

重度認知症の方が対象であれば、

とにかく落ち着いてもらうため、

問題行動に対応するため、

というだけで納得のいく説明が可能となります。




一方、

軽度の方が対象であれば、

食事、入浴、リハビリ以外の多くの活動が、

単なる暇つぶしと解釈されがちです。




ただ、夢のなんとか村みたいに、

それらの活動は本人選択の元に主体的に…

という説明が加われば、

おのずとグレードが上がります。




そうでない場合、

例えば、

新聞広告をたたんで何か作っていたり、

計算ドリルのようなものをしていたり、

ぼーっとしていたり

という状況を

専門的な視点から説明する必要があります。




でなければ、

旧態依然とした基準の低いサービス

と言われても仕方がないでしょう。




もし、

「あの方は家でも孫と新聞広告でなにか製作していたらしく、

また、機能的にも手指の柔軟性の維持が課題でもあります。

よって、心理的、身体的な両側面からあの活動が有効である

という結論に至っています。」

といった説明があっての活動であれば、

その価値は一気に上昇しますね。




もちろん、

思いつきの説明だけでなく、

本当にそのような根拠を持たせないと意味がないのですが、




このようにアウトプットからサービスを考えていくと、

個々の利用者に対して本当に意味のあるものを

組み立てることができると思います。




おしまい。




☆本日の結論
「一つ一つの活動について、しっかりと考えましょう!」

今、そしてこれからの介護事業は、

他事業所が断るような対応困難な利用者を、

いかに前向きに上手く受け入れることができるか?

ということが最大のテーマになると思います。




なぜなら、

そういうことができない事業所は、

世の中にとって必要性が低いからです。




まさに、

事業所の生き残りのためにも、

そのテーマが求められるわけです。




しかし、

得てして

そのような方を受け入れたまではいいとしても、

トラブルやスタッフのストレスが続き、

結局破綻することが多いのです。




スタッフの

「我慢の限界を超えた」

という感じでしょうか。




なぜこのようになるのかというと、

これは単にアセスメント力のなさですね。




アセスメントができないということは、

上手く対応する術も考えられないわけですから、

ひたすら耐えるのみのケアになるのです。

もちろん利用者自身も日増しに混乱していきます。




この場合、アセスメントの中身は、

主に性格分析になります。




そして、

そのためには、

・パーソナリティ障害(特にB群)

・発達障害(特に自閉症スペクトラム)

・精神疾患(特に統合失調症)

に関する知識がもはや必要不可欠です。




これらの知識は、

いわば彼らと戦うための武器でもあります。




一昔前までであれば、

アルツハイマーはもちのろんとして、

レビー小体や前頭側頭葉、

左マヒの方に見られる性格変容、

高次脳機能障害等の

知識があるだけでも評価されていましたが、




今となってはそれらのノウハウだけで

どうにかなる時代ではナッシブル。




これらと上記特性の合わせ技に

対応する必要があるのです。




高齢者介護の仕事は

既にアセスメント新時代に突入しています。




☆本日の結論
「地道に勉強しましょう。」

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