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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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この写真の方↓をご存じですか?

今、日本の介護業界の中で超熱い人です。
 
講演のために、はるばる倉敷までやってきてくれました。

 tujikawa




本日のテーマは、

昨日、この方とのトークでも話題に上がった

社会福祉法人

です。




社会福祉法人とは何か?

よくご存じない方は、まずこちらのサイトをご覧ください。

要するに、普通の営利企業との違いは、

常に行政に管理監督される立場だけど、

その代わりに税金の免除のような優遇措置もあるよ、

というものです。




社会福祉法人(通称「社福」)の問題としては、

優遇されているにも関わらず、

それに見合った仕事をしていない


という面があります。




つまり、

多くの役所や第三セクターみたいになってしまっている

ということです。




もし、社福が本気で福祉事業に取り組めば、

中小の営利企業なんて逆立ちしてもかなわないだけの

ポテンシャルがあるだけに、惜しまれる部分です。




そこで、

今日はマニア学科の緻密な分析による

良い社福悪い社福を書き出してみます。




まずは悪い社福から。


・幹部が全てオーナー(理事長)の身内で固められているので、どんなに能力があっても絶対に出世出来ないシステムになっている。

・しかもその幹部たちには悲しいくらいに能力がない

・だが、役所のご機嫌をとる能力だけはしっかりとある。

なので、常に利用者よりも役人の顔色を見ながら事業をしている。

・よって、新しい取り組みやリスクのある取り組みはすべて却下。

経営上の最大のビジョンは、無事に監査をクリアすること

・オーナーが医師や議員である場合、福祉事業よりも病院経営や議員活動の方が圧倒的に優先される。

というか、最初から福祉事業にビジョンがない。




・オーナーが医師の場合、老人ホームのベッドは母体病院のベッドの付け足しという位置づけになっている。

・母体病院に空きベッドが出来たら、必要もないのに老人ホームの入居者が入院するというシステムがある。

・老人ホームにも関わらず、母体病院から天下った看護師が権限を持っているので、優秀な介護スタッフはもれなく去って行く。

・特養の場合、経営悪化の最大の理由が、異常に高額な嘱託医(オーナー)への給与であったりする。




・オーナーが議員の場合、選挙時は確実にスタッフが駆り出される。

・そのときに入居者へのサービスが低下しても、全く問題視されない。

・認知症であれ、寝たきりであれ、入居者の一票は全て、オーナーである議員へと入れられる。

・仮にそれを強制しなくても、施設内に他の議員のポスターがないので選びようがない。

・選挙時は、特養の事務所なのか選挙事務所なのか分からなくなる。




・オーナーが建築会社の社長の場合、建物のクオリティーの割に建築費が異様に高い。

・オーナーの建築会社の経営が苦しくなると、特養の修繕工事が始まる。

・オーナーが乗り回している高級車は、帳簿上はデイサービスの送迎車という扱いになっている。

・オーナーの愛人が組織内に入り込んでいる。

・しかも、介護主任よりも給料が高い。

・行きつけのスナックには、夜勤手当よりもはるかに高価なブランディーが法人名でキープされている。

・一応肩書は社福の理事長なので、スナックでは「先生」と呼ばれている。この呼ばれ方は「社長」よりもうれしいらしい。

・事業展開をする上で、箱作りを伴わない事業(訪問介護等)には全く興味を示さない。

・建築会社は、特養の設立は地域福祉のタメではなく、建築業界への景気対策だと思っている。




・施設長が天下りの役人の場合、施設は完全に役所と化す。

・自治体によっては、特養の認可と天下りの受け入れとが交換条件になっている。

・天下り施設長は全く仕事が出来ないので、実務を司る副施設長という人材が必要になり、人件費を圧迫する。

・天下り施設長は、「私は介護に関しては全くの素人なので」と平気で言う。

・天下り施設長がいても、監査は容赦なく受けるので、いよいよ存在意義が分からない。

・天下り施設長は、退職金規定に異常な関心を示す。

・天下り施設長は、土・日・祝と休んだ上に、水曜日あたりに有給休暇を取る。

・そのくせ、なぜかしんどそうにしている。

・自分だけ有給をとるのはさすがにマズイとおもうのか、スタッフにも有給の取得をしつこく勧める。

・その結果、入居者へのサービスがどうなるかということまでは、微塵も考えていない。

・天下り施設長は能力給を異常に嫌うので、その施設は「頑張らないスタッフ」の安住の地となる




・介護保険前から特養を経営している社福は保留金が何十億円とあるにも関わらず、必要な車椅子を一台買うことに躊躇する。

・腐るほどお金があるにも関わらず、いまだに利用者やその家族に寄付金を求める。

・大金を非課税で保留しているので、実は介護報酬が減っても痛くもかゆくもない。なので危機感もない。

・危機感がないから、経営陣の脳は完全に廃用症候群を引き起こしている。

・地域の中で知名度だけはあり、お客さんには困らないので、完全に殿様商売になっている。

・だから、事務員の愛想が悪くても問題視しない。

・経費削減という名目で、玄関や食堂の照明をOFFにしている。

・それだけやりたい放題しながら、必死で努力している営利企業の悪口を言う。





今日はこの辺で止めておきます。




もちろん、多くの医師や議員や建築会社社長のオーナーや

天下り施設長はそんなことはないですよ。

と、一応フォローしておきます。




良い社福については明日書きます。




☆本日の結論
「あくまでブログなんで

今、零時を過ぎて5/14になった。

どうやらこの時間までは、昨日のブログに対するクレームはないようだ。

とりあえず、ひと安心。

田母神さんみたいにならなくてよかった。




では、クレームが来る前に、

今日は良い社会福祉法人(社福)について書きます。




私は、

社福の最大の強みは、地域性にある

と思っています。




例えば、営利企業なら採算が合わなければ事業を撤退することもありますが、

社福の場合、それはあり得ません。




なぜなら、社福の場合、

基本的に法人や資産の売却が自由に出来ないルールになっているからです。

もし、途中で事業を中止した場合、それまでの先行投資がパーになります。

なので、いったんその地域で事業を始めたら、やり通すしかないのです。

事業を始めた瞬間に、地域と運命共同体になるのです。




その「背水の陣」の覚悟こそ、

社福のリスクであると同時に、最大の強みだと思います。

何があっても絶対に逃げない企業なので、

地域からの信頼は高いのです。





また、逃げられないだけに、

社福、及びそのオーナーは地域に嫌われるよなことは出来ません。


地域の溝さらいの日には、オーナー自ら鋤簾を持って出陣します。


地元の学校のPTAの依頼も安易に断ることはできません。


運動会や夏祭り等の地域のイベントの際には、

有無を言わさず協賛金を差し上げなければいけません。


地元の老人会が新年会をするから特養のホールを使わせてほしい

と言ってきたら、気持ち良くお貸しし、接待もします。

カラオケのマシーンも「どうぞ使ってください。」


地元の方が就職を希望したら、大きな問題がない限り採用します。

仮に不採用とする場合は、目一杯の誠意を伝えます。




そうやって築き上げた地域との信頼は絶大で、

地域全体がその社福の応援団と化します。

醍醐桜縄文杉かというくらい地域に根を張っています。




なので、福祉事業に関しては、

その地域内で営利企業が勝負を仕掛けても

玉砕されるだけです。




しかし、

実際はいくらでも付け入る余地があったりします。

それは、昨日の記事でも書きましたが、

ビジョンのなさ

危機感のなさ

向上心のなさ

戦略のなさ

やる気のなさ

頭のなさ


などからくるものです。




せっかく地域に根差した醍醐桜も

ウドの大木」になってしまっていることが多いのです。




そんな中でも、良い社福とは、


・さほど利益を意識しなくても継続できる稀な組織なので、利益を度外視したビジョンを掲げている。

・理想とも思えるビジョンを本気で追っている。

・地元の利を生かし、ボランティア活動を推進している。

・その活動を生かし、福祉施設の利用者のQOL向上につなげている。

・同時に地域住民の元気も生み出している。

地域に開かれた施設運営を展開し、施設入居者の孤独感の解消に努めている。

・安定した経営状態をバックに、営利企業が嫌いがちな低所得者へのケアを積極的に行っている。

・運営も安定しているので、地に足がついたスタッフ育成をしている。




・地域の拠点となり、地域を元気にするビジョンを掲げている。

・将来、行政や制度に頼らなくても困らない地域づくりを目指して活動している。

・高齢者や障害者の役割や仕事を生み出そうと頑張っている。

・採算度外視で、制度だけではカバーできないニーズを埋めようとしている。

・地域の中で重要な社会資源になっている。




このような綺麗ごととも思えることを本気でやっている社福に

営利企業が勝つことは難しいでしょう。

だって、絶対に真似できないことばかりだもん




しかし、これらの綺麗ごとは単なる慈善事業ではなく、

長期的には、法人にきっちりとリターンされることでしょう。

この姿こそ、地域と支え合いながら存続するという

理想的な企業像なのです。


社福に与えられている特権は、

その理想を追求するためにあるものだと考えるべきです。




残念なのは、

このような社福を見つけることは

四ツ葉のクローバーをみつけるくらい困難だということです。




☆本日の結論
「昨日の記事のような社福やったら、マクドナルドを見つけるよりも簡単やで。」

本日、介護スタッフを対象とした写真研修を行いました。

特養の仕事をしていく中で、

良い写真を撮ることの必要性を強く感じているからです。

良い写真を撮ることは良いサービスを生み出すことにつながります。

写真が上手いということも介護職の専門性のひとつだと思います。




写真ケア論については、また後日触れるとして、

社会福祉法人(社福)論の続きです。




この社福論は昨日で終了する予定だったのですが、

昨日の記事に対して、レギュラーコメンテーターのジオナさんから

以下のようなコメントをいただいたので、

今日は、このことについて書きたいと思います。




社会福祉法人が理想の企業像という認識には、少し違和感があります。

一般企業は、事業存続のため利益を追求します。

人間が、生きるために、生命を食べているのと同じ原理です。

社会福祉法人は、きっと陰徳を追求するべきなのだと思います。

そもそも、福祉事業そのものが、好んでやりたがらない事業であり、

福祉事業に利益は必要ないはずです。




また、社会的に本当の意味で必要なものかどうか分からなくなることがあります。

老人が増えることにより、介護施設を増やすというのは、

本当に社会的に必要なことなのでしょうか?

もともと住む家がある人に

介護施設という新たな建物を立てる必要があったのか?




明らかに、福祉事業には政策的意図があり、

それがゆえに租税面において優遇され、

その代わりに、政策的意図によりその事業を存続させるような仕組みは必要なのでしょうか?

仮に、貴方の施設に入居するとすると年間いくらお金がかかるでしょうか?

本当の意味の社会的援助を欲している人を受け入れているのでしょうか?



(中略)


私は、介護事業も存続するために利益を追求してよいのではないかと考えています。

利益がでる事業であれば、やりたがらない事業ではなくなり、

多くの企業が参加することにより、介護事業そのものが

本当に社会的に意味のあるものになるのではないかと思います。


(一部抜粋。全文をご覧になりたい方はコチラへ)




少々難解なコメントではありますが、

私流にジオナさんの主張を読み解いてみました。

以下がそれです。




国のサポートがなけりゃあ成り立たねぇような

第3セクターみてーな組織の社会福祉法人なんてよぉ、

そもそも企業として成立してねーんだよ。

だから、必死な思いで利益を上げつつ存続している営利企業とはよぉ、

比較をすること自体が、ある意味失礼つーことよ。




なのに社福のくせに、営利企業に対して

「金儲け主義」だの「ビジネスと福祉は違う」だのとほざくなど、

言語道断だっつーの




第一、オメーらも裏側で甘い汁を吸えるっつうメリットがあるからこそ

社福を立ち上げ、福祉事業をやってんだろうが。

じゃなけりゃぁ、誰も福祉事業なんてやりたがるはずねーし。

石井十次みてぇな人間がそんなにいるわけねぇじゃん。




そもそもねぇ、本当にこれだけ福祉事業ちゅうのが必要かどうかも疑わしいぜぇ。

利権欲しさに、無理やりニーズやサービスを作り出してるんじゃねぇのか

だったらよぉ、介護施設自体が、福祉どころか単なる金喰い虫だし、

政治家のネタに過ぎねぇってことか

それって、官民業が一体となって、老人を餌に私腹を肥やしているだけじゃねぇか。

マスコミがよくやってる「介護は大変だ」というネガティブキャンペーンも

そのための心理誘導だろが、どうせ。




特別養護老人ホームの建築に補助金が出るのもさぁ、

ぶっちゃけ、福祉のためなんかじゃなくて、ゼネコンのためだろ?

福祉や介護という名目なら、無駄に税金を垂れ流したって

国民の批判は浴びにくいからなぁ。




ん?「そんなことはない」って?

「真面目に福祉をしてます」って?




おいおいマジかよ

だったら聞くが、そこまで言い張るっつーなら、

本当に福祉の対象となるような人に

オメーらはしっかりと手を差し伸べているのか?


まさか、老人ホームに入居するための費用が滞ったら、

容赦なく追い出したりしてるんじゃねぇだろうなぁ

もしそうだったら、普通の営利企業と全く変わんねーぞ、コラ




いやいや、変わんねーどころか、

国の援助を受けず、きっちり税金を払っている分さぁ、

営利企業の方がよっぽどかマシだぜぇ

本当に社福が世の中に認められるようになりてぇっつーならよぉ、

もっともっとハードル上げてぇ、

本当に国民が納得し尊敬するようなことをやってみろっつーんだよ




それが出来ねーなら、

介護事業もビジネスとして成立するような仕組みにしてよぉ、

さっさと営利企業に任しちまってさぁ、

社福なんてぶっ壊しちまった方がいいんだよ。




その方が、市場原理とかやらが働いてよぉ、

国民にとって本当に必要なサービスだけが残るしさぁ

切磋琢磨して質も上がって、無駄が省かれて、効率化されて、

結果、介護事業自体も今以上に意味あるものって感じで

位置づけられちゃうじゃねぇの?

まっ、そのへんのこと、もういっぺん考えてみてみ。

じゃな





以上、

私の解釈とジオナさんの主張が一致しているかどうかは別として、

それぞれの文章を読んで、皆さんはどう思われたでしょうか?

このことに対する私の意見は明日書きます。



☆本日の結論
「企業目線で見ると、社福ってあり得な~い存在みたいです。」

明日は、今年最初の就職説明会です。

前回が特別企画とはいえ

「笑ってはいけない老人ホーム」だったので、

今回は真面目にやろうと思っていましたが、

ついついウケ狙いの方向に進んで行ってしまいます。

「初めて説明会に行くから予習をしておかないと!」

ということで慌ててHPを見て、

このブログにも入ってきているあなた!

どうぞお楽しみに!




さて、本日は昨日の記事に対する私の意見ですね。




まず、今の社福は

完全なる公共機関でもなければ、

民間企業でもないです。




公共性の高い活動を行いつつも、

利益も上げなければ存続できない組織
です。




なので、単なるビジネスではダメ。

かといって、慈善事業でもダメ。

という位置づけです。




完全に資本主義に染まっている人には

この立場を理解することは難しいかもしれません。




そこの部分の微妙なバランスを上手く取りながら経営していくことが、

社福の良し悪しを決めるでしょう。

(もちろん、営利企業にもそういう要素はありますが。)




儲け主義では社福失格

赤字を出してしまっても経営者として失格

成果を上げることができなければ事業自体が失格


という感じです。




まずはこのことを前提としてご理解ください。




さて、これからが本題です。




昨日の記事を受けて、今さら、

あなた方は営利企業と違い、社福なんだから、

利益や見返りなんて求めないで、

もっともっと世のため人のために活動しなさい。

と言ったところで、それは無理です。

だって人間だもの(byみつお)。




今の日本人にその理屈が通用するくらいなら、

まず官僚や政治家があのよな体たらくになってはいないでしょう。




ましてや、

彼らよりも平均的にマインドの低い社福の経営陣が

奉仕の心に目覚めるということは期待できないでしょう。




なので、外部の圧力により、

さらに社福に対する規制を強める

あるいは、社福が社福らしく活躍できる方向に

利益誘導していくしかないでしょう。




そのアプローチすら期待できないのであれば、

営利企業に力によってとことん追い込んでいくしかないですね。

尻に火をつけるのです。

そうなれば、自分たちの強みを生かした経営方針を打ち出さざるを得ないでしょう。

結果的に市民にとって価値のある存在となっていくことが出来るとうことです。

市場の原理ですね。

(そういう意味では、福祉事業は、ジオナさんのおっしゃるとおり、営利企業から見ても魅力的な市場でなければいけないですね。)




賢い社福は、将来、そういう目に会わされる前に

先を見越して、既にそのような経営に着手していることでしょう。

それが自分たちを守ることになるのですから。




なので、

営利企業では実践することが難しく、

なおかつ市民にとって価値のある取り組みを

具体的なビジョンとして打ち出すことが

必要になります。




上場企業であれば、

どんなに市民にとって価値のある取り組みでも

採算性が疑問視され、

確実に株主総会で却下されるだろうな

というくらいのビジョンでちょうどいいかもしれません。




しかも、それは実践者自身がワクワクするものであり、

従業員の共感も得られるようなものでないといけません。




ということを考えると、

前々回の記事のようなビジョンになってくると思います。




もちろん、営利企業が、過酷な条件をクリアして

同じようなことを成し遂げそうであれば、

さらに、それ以上のビジョンを打ち出す必要があります。




まあ、どのみち、

このように外部からの激しい攻撃がなければ、

いつまでたっても「ウドの大木」
という

情けない立場であることは違いないですけどね。

それも仕方がないでしょう。

だって人間だもの。





<金曜コラム>

介護保険のように

福祉事業がビジネスとして成立するようになった時点で、

社福の存在価値はないに等しい。

よって多くの社福は、価値が消え行く中で

必死に存在意義をアピールしているだけにしか見えない、


つまり多くの社福はもはや死に体である。

ところが、コムスンショックと経済不安により、

外部からの攻撃力が弱まってしまい、

社福の寿命が延びてしまった。

だが、もうそれはミイラのようなものであり、

新たに何かを生み出すエネルギーはないだろう。

不況の嵐の中で雨宿りしているボロ屋のようなもの。

そんな中でも、時代に合った新たな価値を見出し、

今後もチカラ強く事業を展開していく社福に対しては

今一度期待してみようではないか。

あればの話だが。」





☆本日の結論
「で、結局、社福とは何かって? 利権だよ!利権。 あとはその利権を生かすかどうかだよ。」

せっかくの週末も

この天気では盛り上がりませんね。

こういう日は「介護ブログ村」で、

面白ブログを見て過ごすのがベターです。




さて、本日は日曜日なので、

マニア学科スピンオフ企画としまして、

ジオナコラムをお送りします。



ジオナさんといえば、

ご存知のとおりマニア学科のレギュラーコメンテーターです。

そのジオナさんが前々回の記事にコメントした内容が

面白かったので、その一部を抜粋して

今回あらためて掲載いたします。(全文はコチラ

前々回のコメント欄ですでに読まれている方も

もう一度読んでみてください。




一般企業と社会福祉法人の比較ですが、

競馬でたとえるなら 一般企業=牡馬 社福=牝馬 といったところでしょうか。

もちろん、エアグルーブやヒシアマゾン、ウォッカのような

牡馬顔負けの社会福祉法人もあるでしょう。

しかし、最強馬となると対等に比較することは難しいと思います。

社会福祉法人は、原則社会福祉事業しかできず、手かせ足かせがあるため、

企業として柔軟な対応がしにくいことでしょう。




また、介護士がフェラーリに乗っていたら、地域住民の目の色が変わると思います。

でも、なぜって思いませんか?

フェラーリ好きの介護士には、酷な話です。

フェラーリをとるか、介護士をとるかで悩むなんてナンセンスなことです。

圧倒的に社会に貢献しながら、

それが報われない事業が社会福祉事業だと思いませんか?

石井十次みたいにはなれないかも知れないが、

三次か四次ぐらいには、必然的にならざる得ない状況です。




しかし、介護事業は、かなり優遇されています。

これは、老人が増えるからです。

有権者に老人が多いから介護事業が優遇されると考えて不自然はないと思います。




それに比べ知的障害者施設は、悲惨な状況です。

介護事業の予算が増したせいでしょうか?

制度すらまともにできていません。

(介護事業は、介護保険制度ができましたが障害者には障害者保険制度で国民の給与明細からは給与を差し引かれていませんね。)

1,000人の老人を救うのと、1人の知的障害者を救うのとでは

どちらが重要なことなのでしょうか?

社会福祉事業としてみれば、同じはずです。




結局、圧倒的人数の多い老人に全てを支配されているにすぎない

と考えるのはおかしいことではないはずです。

なので、これを逆手にとり介護事業は脱社会福祉法人化することで

より理想的な企業へと近づくのではないかと思います。





いかがでしょうか?

先週のマニア学科を興味を持ってご覧になった方にとっては

ある意味、面白いコメントではないかと思います。




福祉の世界、介護事業というものに対して

客観的かつ素直に疑問を投げかけて下さっていますね。

得てしてそういう意見の中にヒントが隠されていたりします。




このジオナさんのコメントに対して

ご意見がある方は、

ぜひ、コメントを入れてみてください。




☆本日の結論
「ウォッカよりもダイワスカーレットの方が明らかに強いだろう。」

昨日の「本日の結論」は間違っていたかもしれません。

ウォッカは強かったです。

2着以下を7馬身ブッチ切ってました。

            (向きは逆ですがこんな感じでした)

果たしてブエナビスタとの夢の対決は実現するのでしょうか?




さて、今日は馬は馬でも「跳ね馬」にまつわる話です。

昨日の記事の続きでフェラーリ論です。




昨日の記事ジオナさんのコメントの中に、

「介護士がフェラーリに乗っていたら、地域住民の目の色が変わると思います。」

という一文がありましたね。

賛否両論あるとは思いますが、

以下に私の意見を述べます。




もし当方のスタッフが

V12気筒のエキゾーストノートを高らかに鳴り響かせながら

フェラーリで出勤してきたら、

やはり近所中の人が騒然とするはずです。




そして、

そのフェラーリに乗っているのが介護スタッフだと知ったら、

さまざまな憶測が飛び交うはずです。




まさか給料で買ったとは誰もが想像しないでしょうから、

「よほどのボンボンなんだろうな。」

「世の中には変わった人がいるな。」

という結論に、とりあえずは落ち着くと思います。




でも、もし他のスタッフもベンツやBMWで出勤するようになったら、

あの施設は悪いことをしている。」

老人から金を巻き上げている。」

みたいなネガティブな噂が立つと思います。




仮に、正当な経営をした上でのことだと説明したら、

福祉のくせに儲かり過ぎだ!」

という声が上がり、

近所周りで介護保険料不払い運動が起きるかもしれません。

新聞に投書されるかもしれません。

そして、間違いなく2ちゃんねるの餌食にされるでしょう。




そうなれば、市役所か県民局の役人がやって来て、

頼むから国産車で出勤してもらえないか?」

カローラや軽四ならありがたいのだが。」

と、要請してくるかもしれません。

結局、福祉事業とはそういうものだと思います。




介護事業をはじめとする福祉に対する市民のイメージには、

いまだに奉活活動、慈善事業という固定概念が刷り込まれており、

そのイメージに反する行いにはブーイングが浴びせられます。




その代わり、

少々性格が悪く非行歴があっても、

「今は福祉の仕事をしています。」

と言うだけで、

嫁入りの際に、相手の親に良いイメージを抱いてもらえます。

「慈悲深い謙虚な嫁さが来ただよ!」

と喜ばれます。

その点はキャバ嬢より圧倒的に有利です




ただ、残念なことに、

出会いのチャンスはキャバ嬢の方が圧倒的に多いです

しかも、将来、旦那の親の介護をするということが

嫁入りの際の不文律となってしまいます。

そういうのがけっこう面倒臭かったりします。




福祉事業が公費で成り立っているという事実。

福祉の仕事が本来持っているイメージ。


このふたつが大きくのしかかっている以上、

しばらくはフェラーリで出勤しない方がいいだろう、

というのが私の意見です。




ちなみに、介護保険事業の主な担い手が

いまだに営利企業ではなく、

社会福祉法人になっているのも、

このあたりに理由があるのかもしれません。

コムスンの会長がワイドショーの餌食になるわけですね。




☆本日の結論
「価格に関わらず、外車は贅沢、国産はOK。というイメージもいまだにある。」

何かと物議をかもしている

社会福祉法人のあり方

について,




私の提案です。




とりあえず,

高齢者事業に関して。




まず,

社福が経営できるのは,

特養のみとします。





で,




特養は措置費制度に戻し,

自治体が指名した利用者は

強制的に受け入れるようにします。




つまり,




特養を

介護施設から福祉施設に戻す

のです。




それが本来の特養の姿ですから。




本来,

介護の提供を目的とした施設と

生活を引き受ける施設は違いますから。




ここをはっきりさせないと,

「介護」が何を指しているのか

分からなくなります。




この場合,

特養は

介護保険からの切り離し

もありでしょう。




次に,

デイサービスやグループホームといった

その他の事業は,

社福では経営出来ないようにします。




既存の社福の事業所も

株式会社による経営として再出発してもらい,

全ての法人が同じ土俵で勝負するのです。




それでも,

設立時の補助金の部分は

アドバンテージとして残りますが。




これで完全に,

社福と民間企業との

棲み分けができると思うし,




社福としての使命も明確になると思いますが,

いかがでしょう?




☆本日の結論
「今の状態では議論が迷走して当然。」

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