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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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リニューアル前のHPでさんざん物議をかもした話題ですが、

私の持論として、「介護スタッフは少ない方が良い」というものがあります。

例によってこの表現は常に誤解を招きます。




多くの人は、

少ないスタッフ=質の低いケア+人件費の抑制

という方程式にあてはめてしまうのでしょう。

まあ、まともにこの方程式にハマってしまう施設も非常に多いことも事実なので、

業界を代表して反論することはできませんが…。




元気の家をはじめとして当法人の施設としては「そういうわけではない」と言わせていただきたいです。

また、このブログは入居者様のご家族の皆様も目にする機会があるわけで、

そういう意味では非常に勇気のある内容かなと自分でも思ってしまいます。

「やっぱりやめようか」とも思いつつ、やっぱりやめません。

懲りずにこのブログを読み続けていただければ、

きっとご家族の皆様もご理解いただけるかなとおもっております。

そのためにも、まずは、

良いサービス=大勢の介護スタッフによるケア

という固定概念を払拭する
作業からはじめていく必要があるでしょう。




これは余談ですが、リニューアル前のHPのブログの内容を県民局から実地指導に来た担当者が読んでおりまして、

「おたくはユニットケアを無視しているのですか?」

と見事な突っ込みをいれられてしまいました。

言論の自由ということで問題にはなりませんでしたが、

事前にHPのブログまでチェックするとは、備中県民局恐るべし。




さて、この論を展開する前に前提としてご理解していただきたいのは、

介護スタッフは少ない方が良いとは申しましたが、少なすぎてはダメだといことです。

なにごとも度が過ぎてはいけません。

将来的には、一見あり得ないような人数でもよいケアが出来る姿というのを夢見ていますが、

現時点では、「通常考えられている人数より少なめの方が良い

くらいに解釈していただければ分かりやすいかと思います。

また、人数だけでなくその質も問われるということは言うまでもありません。




では、これから、

なぜ介護スタッフは少ない方が良いのか?

あるいはなぜ多いといけないのか?

ということを説明します。




☆本日の結論
「やはり長期連載になりそうだ
飲食店でも

コンビニでも、

工場でも、

そしてもちろん介護現場でも、

最低限必要な人数より多くのスタッフがいる所は、スタッフのレベルが低くなる傾向にあります。




その理由は、

責任の分散であり、

余裕からくる緩みであり、

私語の発生であり、

一切効率化を考えなくなることであります。

しかも、上記のようなことを無意識でやってしまいます。



つまり、

そういう現場で仕事をしていると、知らないうちにスタッフが、

無責任になり

緊張感がなくなり

私語をしてまうようになり

無駄な仕事を疑問を持たずに続けるようになってしまうのです。




あれ?

これって典型的な役人体質ですね。

そういえば、役所も相変わらず無駄に職員が多いですよね。




「うちは他の施設より多くのスタッフがいるんだ!」

と、

胸を張っているあなた。

あなたの施設のスタッフは無駄に多いわけではないと言い切れますか?

一人ひとりのスタッフがきっちりと力を出し切ってますか?

今行われているサービスは本当にその人数でなければ出来ないことですか?

あなたの施設よりもスタッフが少ない所より、確実に良いサービスが出来ていると断言できますか?




人数が多いときは、

通常のサービスよりプラスアルファのサービスを生み出さなければいけませんね。

でも現実は、

人数が増えた当初はそれが出来たとしても、

月日とともに、結局通常のサービスにもどってしまうのです。

要するに、勝手にワークシェアリンングしてしまっているのです。

で、

次に元の人数に減った時に、

「無理!」

ってなるんですね。

以前は出来ていたにも関わらず。

明らかなレベルダウンですね。




人数が増えても介護の質は上がりませんよ。

一人ひとりのスタッフの質が下がるだけです。

だから、長い目で見たら介護の質も下がっていきます。


じゃあ、人数が増えたときに常にプラスアルファのサービスをしていけばいいではないか、

という意見もあるでしょうが、

そんなリーダーがどれだけいるでしょうか?

日々プラスアルファのサービスアイデアを生み出し、指示し、実行させる、

そんなファンタジスタがこの業界にどれだけいるのでしょうか?。





では、あなたに質問です。

あなたはコンビニの店長です。

通常は3名でギリギリ仕事が出来ます。

でも、これから毎日5名の体制にします。

さあ、近隣のどのコンビニよりも素晴らしいサービスをして、

売上を飛躍的に伸ばしてください。



これって嫌なオーダーだと思いませんか?

少ない人数でヒーヒー言いながら仕事をこなす方がよっぽど簡単ですよね。

そんな店長がいるのなら、どこのコンビニも5人体制にしてますよ。




介護施設だって同じです。

多くのスタッフを使いこなし、常にファンタジックなサービスを創造し続けるリーダーがいない限り、

必要以上のスタッフは弊害しか生み出しません。

最終的には、利用者やスタッフの不利益へとつながっていきます。

唯一良いことは、スタッフがそのときだけ楽が出来るということです。

まるで麻薬のような、一時的な快楽です。




でも、私は仮にそんなリーダーがいたとしても、

きちんとしたビジョンやノウハウさえあれば、

やはり少ない人数の方が良い結果を生むと思っています。

その理由はまたの機会で。




☆本日の結論
「スタッフの多さとサービスレベルが反比例している施設って多くない?」
私は4年前くらいから、

介護施設でも少数のスタッフで良いサービスを提供するノウハウを追求したほうが良いという「少数スタッフ派」だったのですが、

当時は、多くのスタッフでこそ良いケアが出来ると皆が信じ込んでいたので、この考えはあまり受け入れられなかったです。

しかし、少子化が進む中、また最近の「介護職離れ」の傾向の中、

ほとんどの施設が、望もうが望ままいが、少数のスタッフでのサービスを余儀なくされています。

今は不景気だから介護業界に人材が流れてくる、みたいな楽観論者も多いですが、

それも今だけの話で、

長期的には、財政難少子化の流れの中では、少数のスタッフでやっていくしかないのです。

このことに異論を唱える人はいないでしょう。




だったら、スタッフが少ないことに嘆いてばかりでなく、

どうすれば少ないスタッフでも、より良い介護が提供できるのか?

ということをポジティブに考える方がよっぽどいいと思います。

まあ私の場合は、それを通り越して、

「少ないほうが良い!」

と思っているのですが…。



利用者目線で見たとき、

同じスタッフの人数でも、

「うちはスタッフが少なくて大変なのよ。」と弱気な施設と、

「少ないからこそ、良いケアが出来ると思って頑張ってます!」という施設では、

どちらを利用したいと思うかは明白です。




そういう意味では、

これからの時代、

介護スタッフの人数は少ないほうが良い!

との主張を唱えているこのブログの論が、多数派になっていくのかもしれませんね。




「介護スタッフは少なくても良い」と公に言ってしまったら、

容赦なく厚労省に介護報酬を削られてしまうという事情もありますけど…




☆本日の結論
「実は元気の家のスタッフは普通に多かったりして

その道のプロという人は、当然「素人」とは違います。

仕事の内容もスピードも違います。

その仕事を達成するための人数も違います。



例えば、介護現場であれば、

入居者が20名いるフロアに、

素人スタッフなら6名いなければ出来ないような成果を、

(あるいは6名いても出来ないような成果を、)

3名のスタッフでやってしまう、

というのがプロの介護士だということが出来ると思います。




少ない人数でこなせたけど内容は下がったよ、

というのでなく、

少ない人数でこなせた上に、内容も良かったよ、

というのがミソです。




そこを常に目指している現場、

あるいは、そこを常に目指している介護士は、

そうでない現場、そうでない人に比べて、

飛躍的にレベルアップしていると思います。




皆さんの職場でも、

例えば同じフロアでケアにあたるとしても、

下から数えた10名のスタッフによるチームよりも、

上から数えた3名のスタッフによるチームの方が、

良い成果(現場の雰囲気が良い、入居者の能力を生かせている等)を上げることが出来ると思います。

要は、そういうことです。




コンビニでも、

大工現場でも、

レストランでも、

マクドナルドでも、

そうであるように、

介護の仕事も同じ要素が多分にあると思います。




ただ、どうしてもネックになっているのは、

介護や保育の仕事は人手がかかる」という固定概念です。

「手厚い介護」という言葉を聞くと、

多くの人はスタッフの質ではなく量を創造してしまいます。




その原因は保育や介護の業界が自ら作り出したものでもあります。

つまり、何かにつけては「人手が足らない」という言い訳です。

「人数が少ないから良いサービスが出来ない、だから予算を上げろ。」という論法です。

人も金もたくさんあった時代は、この論法もまだ通用したかもしれませんが…。




人数が多くないと…という固定概念に犯されると、

プロ1人よりも素人3人の方が良い!

という考えにすらなってしまいます。

こういう土壌では、当然、「その道のプロ」は育ちにくいです。




そんなんだから、「派遣切りされた人を介護職に」という発想になってしまうのです。

「人手が足らないんだったら、素人でもなんでもいいでしょ、とりあえず数いりゃぁ。」

みたいな。

しかも、介護業界も「それでもいいかも」と反応してしまっているのが、悲しい現実です。

人数が多ければ解決すると考えている人が多いようです。

もっとも、それだけ背に腹を代えられない事情もあるのでしょうが…。




とにかく、量を増やすことばかり考えてきた業界ですから、

今までの歴史においては、質で解決するということに対して、一切脳が使われなかったのです。

未だに「量はなくても質で解決できるかも?」という発想すら生まれないくらい、洗脳されています。

なので、こういう私の論をつい批判的に見てしまうのも無理がないということです。




私は、これからの介護士には、

量的問題を解決するだけの技を身に着けて欲しいと思っています。

もちろん、技といっても、おむつ交換や入浴介助が早いという技ではないですよ。

念のため




本日の結論☆
「『うちの施設は少数のスタッフで質の高いケアを展開しています。』って堂々とパンフレットに書ける時代は遠いのか?」

少数スタッフ論を構成している根拠は様々ですが、

ひとつ確実に言えることは、

今後ますます加速する超少子高齢化社会の中で介護の問題をどのように解決していくのか?

ということへの回答であるということです。




もし今後の日本が、老人が少なく、若者が多く、財政も健全であれば、

このような論を展開する必要もないし、

もっとのんびり介護の仕事をしていると思います。

ブログのタイトルも、

「スロー介護のすすめ」

みたいなものになっていたかもしれません。




さて、

超少子高齢化社会財政難の日本において介護の問題をどう片付けるのか?

という議論になったとき、

通常行き着く結論は二つです。




一つ目は、外国人介護士の受け入れにより、少子化の問題を解決しようというものです。

例によって、主に介護士の「量」の問題を解決しようというアプローチです。

ただ、現時点での、例えばインドネシア人介護士の受け入れの様子(これはどちらかというと介護の問題解決というより経済連携協定《EPA》という貿易外交の副産物なのですが…)などを見ると、

人材のハードルを高くしており、給与も日本人と同程度ということなので、

結果的に、量よりも質へのアプローチになっているように思います。

(→これは彼らのように有能でモチベーションの高い人材が日本の介護現場にやってくることによって、日本の介護のレベルが上がるという意味です。ちなみに近い将来、多くの日本の介護福祉士は彼らに使われる側になると思います。)




しかし、このアプローチは、

最終的には安い賃金で多くの外国人を受け入れていくという方向になるのではないかと危惧しています。

なぜ危惧しているのかと言うと、

質の悪い介護士が増えると、寝たきりや認知症の人が増えてしまい、介護の問題がますます深刻化するからです。

介護の問題を介護士の「量」でのみ片付けようとすると、必ずこのような悪循環が生まれます。

世間の人々もそうですが、介護業界においてもこの当たり前の理屈を理解していない人がびっくりするくらい多いです。

このように外国人介護士の問題は、単に外国人に介護されるのが嫌なのかどうかという次元の問題ではないのです。





二つ目の結論は、国が福祉としての介護を放棄するというものです。

このネガティブな結論は、今のところ誰も口には出していませんが、誰もが薄々思っていることです。

要は介護保険制度の崩壊です。

福祉のレベルがアメリカ並になるということです。

こうなると、お金持ちは手厚い介護を受けることが出来るけど、

お金がない人は家族で介護をするしかないということです。

おそらく遅かれ早かれこのような時代になるでしょう。




「えーっ、それって、最悪じゃん

「私ら貯金ないしダメじゃん

と思った方、心配ご無用です。

確かに家庭や地域や施設の介護あり方が今のままでは、

絶対にヤバイですけど、

私は上手くやれば全く問題ないと思っています。

若者が少ないからといって外国人介護士を受け入れる必要も全くないと思っています。(質を高めるためには良いと思いますが。)




その上手くやっていく方法の一つとして、

現在は主に「施設における介護のやり方」を、このブログでアウトプットしています。

(そのうち、家庭や地域で上手くやっていく方法を展開する予定です。)

そのメインテーマが、

「介護スタッフは少ない方がいいし、むしろその方が入居者が元気になるよ。」

という少数スタッフ論です。

この方法論が早くに成果を上げれば、

入所施設においては介護保険制度が維持できると思っています。




超少子高齢化社会における介護問題に対する私のスタンスは、

「少子高齢化結構!その状況の中で介護の問題を解決していきましょう!そんでもって、今後同じ問題に直面する国々のモデルになりましょう!」

という感じです。




本日の結論☆
「インドネシア人介護士って、日本の介護福祉士の10倍は勉強してるだろうし、ハングリーだし、本当に大丈夫?主任さん。」

21世紀の介護

「なんで出来なかったんだ?」

「人手が足りなかったから



「新たに〇〇を始めよう!」

「人手が足りないから出来ません



「介護の仕事はどうですか?」

「人手が足りなくて大変です



「もっと良いサービスしてよ!」

「すみません今は人手が足りなくて




介護業界は、他の業界以上に、

何かにつけて「人手が足りない」と口にする人が多いですね。

しかし、

これは本当に人手が足りないのではなく、

全ての責任を「人手が足りない」ことに押し付けているだけです。




ウソだと思うなら、

一度、

「人手が足りない」という人に十分すぎる人手を与えてみてください。

ほとんど成果が変わらないことに気が付きます。

ただ彼の負担が楽になっているだけのはずです。




もちろん、人手が少なすぎるというのでは話にならないでしょうが、

少し少ないくらいでは、成果には影響はないです。

むしろ、チームワークが良くなって、

成果が上がることもあります。





介護業界の面々が口癖のように、

「人手が少ない」というには訳があります。

それは彼らが、行政に予算をオネダリする立場だからです。




福祉の分野ですから、

「給与を上げろ!」とか

「もっと儲けさせろ!」というのは、

予算UPの大義名分にはなり難いですね。




ですから、

「人手を増やせば、良いサービスが出来る。だから予算を増やせ!」

という無難な論法を展開するわけです。




だから予算を確保するためにも

「もう人手は十分でございます」とは、

口が裂けても言えないのです。

常に「人手が足りない!困っている!」と

アピールし続ける必要があるのです。




福祉業界=役人体質

というカラーがここでもはっきり出てますね。




さて、

「人手が足りない」と言うのは、

あくまで行政や世間を納得させるためだけの口実で良いはずなのですが、

今となっては、業界自体が、

「人手が足りないと良いサービスが出来ない!」と、

本気で思い込んでしまっています。

人間、自分の口で言い続けていれば、次第に自分でも本気でそう思い込むようになるんですね。




冷静に考えてみれば、おかしな話で、

20年以上前の福祉創世記ならいざ知らず、

今の時代、

「人手が足りている」=「良いサービスが出来る」

という方程式自体に無理があります。




良いサービスは、良い人材によってもたらされます。

そして、

良い人材であれば、少ない人数でも良いサービスは創れます。




さらに言うなら、

良いサービスは、良いアイデアによってもたらされます。

どれだけ多くの労働者がいても、アイデアがなければ何も生まれません。

介護でいうなら「最低限のお世話しか出来ない」ということです。




ましてや、素人の介護士や今の介護教育を受けたままの介護福祉士だったら、

たくさんいればいるだけ、老人の廃用症候群が増えます。





もし、昔に比べて入居者が元気になった老人ホームがあるとしたら、

それは、昔より介護士の人数が増えたわけではなく、

人材とケアの質が上がったためです。




また、以前のブログにも書きましたが、

現場に必要以上にスタッフの人数が増えると、

個々の介護士の能力は確実に下がります。

仕事の能力は、少しキツイくらいの環境でしか磨かれないようになっているのです。




だからもう、「人手が足らないから」という口癖は禁句にしましょう。

その代わり、「私たちが考えれていないから」と言いましょう。

そうすれば、「じゃあ、考えてみようか!」とポジティブに変換できます。




本当に人手が足りなくてヤバイときも、

グッとこらえて、「考えればなんとかなります!」と言っちゃいましょう。

本当になんとかなりますから。

そういうときこそ、あり得ないくらいの素晴らしいアイデアが出ますから

人間は、口に出して言い続けることによって、それが本気となり、現実となるのです。




☆本日の結論
「21世紀の介護の仕事は、人手よりもアイデアやで

ずっと以前のことですが、

我が法人内の小規模多機能施設を訪れた時のこと。

その時はやけにスタッフの人数が多く、計6人くらいいました。(たまたまだったのでしょうが。)

私の感覚では、キッチンに1人、共用スペース(25畳程度の大広間)に2人、浴室に1人で、

計4名もいれば十分過ぎる配置だったのですが、6名です。




問題はそのあとです。

私は驚くべき瞬間を見てしまいました。

なんと利用者が10名以上いる大広間から

スタッフが誰もいなくなってしまったのです。(「そして誰もいなくなった」アガサ・クリスティー)

キッチンに4名、1人は玄関の方へ、もう1人は相変わらず浴室です。



ふだんから多くのスタッフ配置をしていると、

こういうことが平気で起きてしまいます。




スタッフが大勢いると、連携しなくてもやっていけるので、

徐々に「連携する能力」が失われていくのです。

廃用症候群ですね。




もしこれが軍隊なら、

どんなに大群で最新兵器を持っていたとしても、

全滅です。

一致団結した少数精鋭の軍に木っ端みじんにされます。




もし、この日2人しかスタッフがいなかったら、どうなるか?

1人は相変わらず入浴とします。

ということは、たった1人で、キッチンの作業と大広間のケアとトイレ介助をしなければいけません。

難しいですか?

私はこの状況でも、

出来ると思います!」

と言う介護士は多いと思っています。




もし私が介護士なら、

まず大広間で調理をします。

しかも、調理は主に利用者にしていただきます。(その能力を持っている人が数名はいたので)

調理をしている利用者を見守りながら、

大広間の他の利用者のリハビリをしたり、レク等の提供をします。

トイレ介助の時は、一番しっかりした利用者に全体の見守りをお願いして、トイレに行きます。

見守りのポイントを伝え、何かあったら大声で知らせて下さいとも伝えます。

もちろん、そのときに調理チームが見守り必要な作業をしていたら、

いったん調理作業を休憩してもらいます。

トイレ介助に行きつつも、(トイレの横にある)脱衣室に声をかけ、

もし入浴介助が更衣の段階であり(イメージしていれば十分に予測できるのだが)、

利用者が更衣時に常に見守り必要でない方であれば、

入浴介助のスタッフにトイレ介助をまかせ、大広間に戻ります。

という具合です。



「そうそう、私もそうするわ」という介護士も大勢いらっしゃると思います。




これらのことは「連携」、「予測」、「利用者の能力の活用」を駆使すれば、そう難しくないです。

但し、普段からそういう仕事に慣れてなければ、かなり難しく感じるでしょう。




ただ、スタッフが4名~6名もいる状況であれば、

そのような工夫をしようとも思わないでしょうね。

だって「必要」がないのですから。

「必要は発明の母」




ただ、もし仮にスタッフが6名いる状況で、

施設内を2人でケア出来れば、

あとの4名は完全にフリーになるわけですから、

4方向バラバラの個別外出でも何でも出来ます。

(まあ、それはそれで非常に無駄が多いと思いますが)




でも、現実はそんなことはしませんね。

いいとこ、1人のスタッフが外出を担当して、

あとの3名は施設内に残るでしょう。

そして、のんびり記録を書いたり

特に意味もなく、利用者の横で本気で折り紙を折ったり

キッチンに入り込んで熱心にコップを洗ったり、(利用者の役割を奪う)

最悪、スタッフ同士私語をするのがオチでしょう。




仮に個々のスタッフに素晴らしい能力があったとしても、

その状況だと、どうしてもそうなってしまうと思います。




少人数スタッフの方が、

利用者も元気になるし、

スタッフもレベルアップする

という具体例でした。




ちなみに、この小規模多機能施設は、

「今ではそんなことはない!」

と思います。

いや、思いたいです




☆本日の結論
「単にスタッフが少ないだけで、単にレベルが低いだけという現場もたくさんあるね。結局はリーダーの腕やね。リーダー、頼むよ!」

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