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元気の子

Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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コンビニ強盗とか、

事務員が100万円着服したとか、

のりPが薬やったとか、

そういう些細な事件が、

相変わらずニュースで流れ続けています。




けど、そんなことよりも、

多額の税金を確信犯的に無駄使いする官僚や、

意図的に戦争を起こす為政者や、

国民の健康を害するものを平気で売る企業や、

その他もろもろの大きな権力者の方が、

よっぽど悪いことをしていますよね。




彼らの大きな悪事こそ、

毎日のニュースでパッシングされるべきなのに、

なぜか、小ネタの方が大きく報道されます。




その理由は、

マスコミ自体が権力者と一体化しているためであり、

市民の興味関心が、より身近なネタの方に向きやすいから

ですが、実はもっと大きな理由があります。




それは、

「無法者は許さないぞ!」

という市民に対する洗脳です。




で、この洗脳は、

表面上は市民の安全と社会の秩序を守るために

行われていますが、

本当の理由は、

世の中に無法者が増えると権力者が管理し難くなる

という事情があるからです。




そもそも、

法律というもの自体、

市民のためと見せかけて、

権力者のために存在しています。




権力者のメリットになる法律だけでは

バレバレなので、

適度に市民のメリットになる法律も作って、

誤魔化しているのです。




この理屈を老人ホームに当てはめてみます。




例えば、

施設の消耗品をチョロまかしたという

スタッフの子悪事は、

確実にパッシングの対象になりますね。




「ちょっと、あり得ないんですけどぉ

みたいな攻められ方をされた挙句に、

施設を追放されます。




でも、一方で、

そのホームの理事長(オーナー)は、

入居者に最低レベルの食事を提供し、

スタッフへの教育もおろそかにし、

最低最悪のサービスを平気な顔で提供した上で、

何千万、何億という介護報酬を、

理不尽に懐に入れていたりします。




合法、違法はともかく、

普通に考えればどちらがより悪者かは明白ですね。

でも、このことは誰も責めません。




その後、

そのインチキオーナーは、

消耗品の管理を厳しくし、

違反者へのペナルティーも厳しくします。




それは一見、施設内の秩序を守るための

リーダーらしい行動に見えます。




でも、本当の理由は、

「自分の取り分が減るから」です。

さらには、事件を利用して、

よりスタッフを管理しやすい体制を作るためです。




ちなみに、この手法は、

KRS(厚労省)の常套手段でもあります。




だんだん、話がエゲツなくなってきました。




でも、スコトーマを外すと色々なものが見えてきます。




一番言いたいことはここからです。




とある入居者が大声や暴力行為で、

皆を困らせています。

いわゆる無法者ですね。




施設のスタッフは、

他の入居者に迷惑がかかるから、

という大義名分で、

この入居者の行動を抑制したり、

施設から追い出そうとしたりします。





この構造を上記2例に当てはめて考えれば、

色々なものが見えてきて面白いと思います。




「なぜ無法者がいると困るのか?誰が困るのか?」


「彼を追い出すのは本当に他の入居者のためなのか?」


「実は日常的に、もっと入居者のためにならないことを

しているのは誰なのか?」


「なぜ、そこはクローズアップされないのか?」


「施設のルールは誰のためにあるのか?」


「なぜ、夜の倉敷美観地区には人がいないのか?」


「なぜ、倉敷駅周辺にはロクな居酒屋がないのか?」


「いい店があっても、なぜそんなに早く閉まるのか?」


「なぜ、野郎は皆、キャバクラなんかに好き好んで行くのか?」


「なぜ、昼は介護士、夜はホステスという人が多いのか?」


「なぜ、キャバクラでは皆美人に見えるのか?」


「なぜ、私がキャバクラ嫌いと言っても誰も信じてくれないのか?」


「なぜ、お前はあっさりと一次会で帰れるのか?」


「なのになぜ、私が帰ろうとするときは非国民扱いなのか?」


「そのくせなぜ、私がノリノリのときは皆帰ろうとするのか?」





こんな私が悪いのか

こんな時代が悪いのか

考えることが尽きない秋の夜長です。




☆本日の結論
「今日は家でちびちびやりながら、世の中のことを考えます。」

やたらとだだっ広い施設って嫌ですよね~。

ある程度こじんまりしている方が落ち着きますよね。




居室から食堂までが長~い施設って嫌ですよね~。

病院みたいだし、生活導線として適してないですよね。




食堂からトイレまでが遠い施設って嫌ですよね~。

すぐ近くにトイレがあればより良い排泄ケアが出来ますよね。




なので、

今新たに作られているユニット型の老人ホームは、

ユニットごとにこじんまりしていて、

居室の近くに食堂があって、

食堂の近くにトイレもあります。

いいですよねぇ~。




でもね、

歩行なり車椅子なりで自力で移動される方にとっては、

実はマイナスなんですよ。




なぜなら、

導線が短くなることによって運動不足になるんです。




こじんまりして機能的な間取りの施設に引っ越した途端に、

便秘になった人っていませんか?

コレ、運動不足が原因です。




運動不足解消のために、

わざわざ廊下を行ったり来たりする運動プログラムを

取り入れたりするケースもあります。




でも、これって間抜けですよね。




食堂に行く!

トイレに行く!

部屋に帰る!

そういう必然的な動きのなかで

しっかり運動できる環境の方が良いですよね。


継続性もありますよね。

レバレッジが効いてますよね。




そう考えると…




だだっ広い施設って良いよね~。

廊下の長い施設って良いよね~。

トイレまでが遠い施設って良いよね~





見方が変われば不利も有利になります。

一度スコトーマを外して、

あなたの施設のデメリットをメリットに変える方法を

考えてみてください。




このリフォームは0円です。

必要なのはあなたのアイデアだけです。




要するに、

ズラを買う前にハゲの生かし方を考えろ

ということです。




☆本日の結論
「特徴を生かして強みを引き出す。人も建物も同じです。」

先日、

久々に母親の料理を食べる機会があった。

相変わらずの味付けであった。




良く言えば、

いつも変わらぬおふくろの味。




悪く言えば、

全く進化していない味。




私は料理について詳しくなく、

ましてや自分で料理をすることもない。




そんな私の推測なのだが、

料理の仕方や味付けの傾向って、

知らず知らずのうちに、

スタイルが固まってくるものだと思う。




さらには、

己のスタイルで調理した結果、

客観的に少々不味い物が出来上がったとしても、

それが致命的に不味くない限り、

「これでいいのだ」

と思い込んでいるような気がする。




多くの家庭の主婦はそうなっている

のではないだろうか?




かつての大家族ならまだしも、

核家族においては、

その味を客観的に検証する機会はないに等しい。




なぜなら、

旦那がその味に対して一言でも物申せば、

途端にブチ切れるだろうし、




子供が「まずいから食べない」と言えば、

「好き嫌い言わないの!」とか、

「恵まれない国の人は…」等と

問題をすり替えられて子供が説教されるからだ。




さらには、

「お母さんが一生懸命作ったのに、そんなこと言うなんて…」

と、道徳教育をされてしまう。

飯の不味さは棚に上げられて…。




そういう状況下において、

適切な料理の腕前の評価が下されるはずがない。




だから、

主婦の「これでいいのだ」

ますます重度化していく。




介護士も同じである。




オレ流介護を提供した挙句、

勇気ある利用者にダメ出しされたとき、

「わがままな利用者だ」とレッテルを貼り、

子どもに対する時と同じように問題をすり替える。




介護士だけでなく、

施設全体の「これでいいのだ」も多い。




施設のレベルが客観的に評価される機会がないからだ。




家族や見学者が

面と向かって施設の不味い部分を言うはずがない。




だから施設の場合、

「これでいいのだ」

と言ったもん勝ちの世界である。




その方が楽だし。




つまり、

多くの施設経営者は

主婦と同じ感覚で仕事をしているのである。





さて、




それこそ施設で調理の仕事をしている人には、

「これでいいのだ」

となって欲しくないですなぁ。




出汁の取り方や種類、

調味料の分量や入れるタイミング。




そういうことをイチイチ考えながら、

一回一回検証しながら料理をして欲しい。




そして少しでも美味しい物が作れるように

自分の腕を進化させて欲しい。




そうすれば、

施設の食事も、

もっともっと美味くなるはず。




料理も介護も、

「これでいいのだ」

という思い込みをぶち壊していこう!





☆本日の結論
「主婦の皆さん、ごめんなさい

危機一髪

先日、実習生のレポートを見せてもらった。




その中に、

「Aさんが施設への不満を多く口にしていた。」

「Bさんが施設外へ出ようとしていた。」

という内容があった。




しかもそれに対して、

スタッフが特に問題視していないような

記述もあった。




こりゃけしからん!




また話を聞いていると、

「Cさんに対するスタッフDの対応が良くないように感じた。」

という情報もあった。




これまたけしからん!




このように、マイナス情報を

利用者名やスタッフ名を匿名の状態で聞くと、

私はとても情緒不安的になる。




なので、

「Aさんって誰?Bさんの名は?」

と聞いてしまう。




で、名前を聞くと、

「ああ、Aさんって〇〇さんのことか、いつものことだ…」

「Bさんは〇〇さんね、あの方はこういうタイプだから…」

「スタッフDは〇〇か、あの人の場合はそういう面もあるからなぁ…」

となぜか納得してしまった。




って、おい!




俺こそ「けしからん!」じゃねーか!




匿名で客観的な情報を聞いたときは危機感を覚えるのに、

固有名詞を聞いてその情報の背景まで推測出来てしまうと

安心してしまう。




これって、

俗に言う「マヒしてる」ってことになるんじゃね。




あの人の場合は仕方がない。

あの人はそういう性格だから。

あの人は認知症だからそんなもんだろう。

あのスタッフには無理だろう。

ウチの施設はこんなもんだから。





そういう思い込みが

利用者の

スタッフの

そして施設の

可能性の芽を摘んでいるのは

重々承知だったはず。





知らず知らずの内に

問題をスルーして

精神的な安楽を求めてしまうところだった。




「危うくお花畑の向こうに行ってしまうところだったぜ。」




せっかく実習生が客観的な情報を伝えてくれたんだから、

思い込みというデータを初期化して、

改善に向けて取り組んでいきます!




押忍!




☆本日の結論
「人は楽を求める。」

介護スタッフが利用者の状態を問題視するのは、

そのほとんどが「自分達が困ったとき」である。




・Aさんの暴言・暴力に対応するのが大変

・Bさんはいつもトイレ誘導を拒否するから大変

・Cさんは入浴嫌いで大変

・Dさんは食べるのが遅いから介助が大変

・Eさんは口腔ケアをさせてくれないから大変

という具合にだ。




このように、

介護スタッフを困らせる利用者=問題視

という視点はとても危険である。




なぜなら、

完全にスタッフ寄りの(利己的な)視点だからである。




なので、同時に、

介護スタッフを困らせない利用者=スルー

という現象も起きているはずである。




本来は、

スタッフが対応に困っていようが困っていまいが、

元気がなくなっている利用者=問題視

となるべきである。




特にスタッフが困ってないからといって、

そういう人たちの問題をスルーしてはいけない。




例えば、

学校で、

教員を困らせる生徒=問題児

教員を困らせない生徒=スルー

だったらどう思う?




一般人でも、

「そこ目線かい!?!?!?!?!?!?」

とツッコミを入れたくなると思う。




教員が困ってようが困ってなかろうが、

心身の状態や生活状態、

人間関係や勉強に対する意欲に問題があれば、

問題視しなければいけないし、




それらに問題がないのに、

ただ、先生と折が合わないからと言って、

問題視するのはかなり危険な発想だと

誰もが思うはずだ。




でも、

介護施設では、

そういうことは日常茶飯事だったりする。




しかも、

自覚症状なし。




やはり、刑務所よりもタチが悪いかもしれない。




ただし、

在宅介護の場合は別である。




家族の疲労やストレスを取り除くためにどうするか?

というお題が優先順位一位になっても仕方がない。




家族がギブアップしたら、お終いだからだ。




☆本日の結論
「正しい視点で現場を見れば、色んな問題が見えてくるはず。」

脳の中で,

ある事象とある事象がつながる。




これが,

活発にできる人は,

良い発想ができると言われています。




有名なエピソードとして,

ニュートンのリンゴの話

アルキメデスの風呂の話

等があります。




また,

TVでお笑い芸人とかが,

話題の文脈に合った例え話をしますが,

あの能力も同様ですね。




アカデミックな話をしている際も,

数学の話をしているのに,

それを文学で表現する人もしかり。




そういう能力は,

ケアカンファレンスでも大いに役立ちます。




例えば,

パターン通りのアセスメントで

しっくりくる答えが出なかった時や,

良いアプローチが見つからず

行き詰った時,




そういえば昨日テレビでやっていたんだけど…

とか,

以前の勉強会で聞いた話だけど…

というように,

一見関連性の弱いインプット情報と

問題解決情報をつなげることができるか

ということです。




また,これは,

地域包括支援センターや

在宅のケアマネジャーの仕事において

超重要な能力で,




この問題は

どの機関,どの専門職

を活用すれば良いかという発想が

パッパッと浮かぶかどうかです。




どれほど多くの情報や,

人脈を持っていたとしても,

いざという時にそれがつながらなければ

役に立たないわけです。




特にそれらの仕事は,

決まった枠組みだけでは対処が難しいことが多い,

つまりルーティン的な業務では限界があるので,

そのような柔軟な発想が求められます。




そういえば,

学校の先生でも,

一見脱線しているようで,

実はつながっている話をしてくれる人

の授業は良い学びになりますよね。




おしまい。




☆本日の結論
「問題と直面するたびに,それに役立つものは何か,脳内をサーチしよう。」

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