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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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老人ホームにとって一番大切なものって何だと思う?




もちろん色々あるんだけど、

一つだけって言われたら何にする?




私は迷わずこの言葉を選びます。




それはね…




希望




そもそも希望がなければ、

元気も出ないからね。




希望って大事ですよ!




次に施設を作る事があったら、

「希望の家」って命名したいくらい。




でも、これって超ベタなネーミングだから…

やんぴこんぴ!




☆本日の結論
「希望を生み出すケアって、超難しいっすよ。」

昨日の続きです。




あなたは希望に満ち溢れた老人ホームを見たことがありますか?

私はないです。




老人ホームを見学して、

漠然と「ここはダメだなぁ~」と思うことは多いですね。




でも、それはケアの質を評価した上でのことではないですね。

施設の良し悪しは空気で分かりますね。




その空気の正体が希望なのです。




ダメな施設は、

入居者はもちろん、

そこで働く人にも希望がないのです。




希望どころか、

絶望的な雰囲気が漂っています。

いわゆるネガティブオーラです。




しかも、そういう老人ホームにいると、

見学している自分までもが、

希望を失ってしまいそうで怖いですね。




「もう生きていたくない。」

「楽しみなことなんてない。」

「もう、どうなってもいい。」

「仕事が面白くない。」

「やりがいなんてない。」

「しんどい、痛い、辛い、悲しい。」

「てゆーか、何も考えたくない。」





そういう思いが充満していますから。




そして見学者の思いも、

「こんな所に入所したら人生お終いだ…。」

となります。




逆に、




どんなに身体が不自由でも、

認知症があったとしても、

生きていく上での希望さえあれば、

人は輝くことが出来ます。

ポジティブオーラを発します。




見学すると、

「老人ホームの生活もいいかも知れない。」

って思っちゃいます。

(そういう施設があればの話ですが…)




さて、あなたの仕事は入居者に希望を与えていますか?




もちろん、

希望を与えると言っても、

力道山や長嶋茂雄やディープインパクトのように

華やかに活躍する姿を見せつけることではないですよ。




老人ホームで介護士にそれをやられてもウザイですから。




あなたの仕事は、

入居者に人生の可能性を感じてもらうためには?

ということを日々考え、実行することです。




えっ?具体的に何をすればいいかって?

それは今までも書いてきましたが、これからも書いていきます。




☆本日の結論
「真面目な記事過ぎてコメントしづらいと思う。本当に…すまないと思う。」

本日はこのブログのような内容になるかも知れません。

予めご了承ください。




さて、

皆さんは自分の生き方について考えたことがありますか?

正直、私はしょっちゅう考えています。

自分という人間はどのような生きるのがベストなのか?

何をどう変えていけばいいのか?

あるいは変えなくてもいいのか?





いや、私はそんなこと考えたことなんてないです!

という方はここでさようなら。




私も考えたことある!という方、

気が合いますねぇ(笑)。




で、ですねぇ。

多くの人は今後の自分の人生を考えるときに

今までの自分の人生を振り返って考える

パターンが多いとも思います。




でも、

私はそれでは不十分だということに気が付きました。

なぜなら、

あの親にしてこの子あり

だからです。




皆さんご存知の通り、

自分のパーソナリティーというのは

親の影響を多分に受けていますね。




なので、




自分のパーソナリティーを分析する。



親の育て方を分析する。



なぜ親がそんな育て方のしかたのか?



親のパーソナリティーを分析



親の親の育て方を分析



なぜ親の親がそんな育て方のしかたのか?



親の親のパーソナリティーを分析





という具合に3世代に渡って考えていくと、

自分の人生が点でなくて線で見えてきます。




そうすると、

今の自分のパーソナリティを生み出した原因は

親とその親との関係性において作られていたりします。





自分のパーソナリティーの中で

良いことはそのままで良いのですが、

悪いことは断ち切るなり修正するなりしたいですね。




よって、

そういった過去において失ったもの、

捻じ曲げられたものを

自分の人生で引きずらないようにする

あるいは修正していく。




つまり、

自分の世代でそういう悪い流れ(連鎖)を断ち切って、

世代の流れを変える


ということ。




そういうミッションを自分の人生のテーマにするのも

いいかもしれません。




但し、それは大きな流れに逆らうことにもなるので、

自分にとって、かなりの負荷になるかもしれません。




どうしても無理だと思ったら、

開き直ってしまうのも手かと思います。




どのみち、

自分を知るためには、

最低でも、自分を含めた3世代の歴史を知る

ということが有効だと思います。




今、あなたが介護の仕事をしているのも、

そういう過去に原因があるのかもしれません。





もし、あなたがヤ〇ザ屋さんになっていたら、

思いっきり過去のマイナスを引きずっているだろう

と推測されますが、




基本的に介護の仕事というのは悪い仕事ではないので、

おそらく、過去の何かを修正するためのことなのかなぁ

と推測されます。




もし、そういうことが分かれば、

もっと介護の仕事に対する力強さが増すでしょうし、

その中で求める要素というものもはっきりしてくる


のではないかと思っています。




☆本日の結論
「今日は『しあわせのかたち』について考えてみました。」

最近メディアで良くやっているネタで、

「天才の作り方」

とか

「IQを高くする方法」

ってのがありますね。




故意に英才教育ブームを作り出そうとしている意図が

プンプン匂ってきますね。




もういい加減、

そういう情報には踊らされないようにしましょうね。




てか、それ以前に、

IQが高いか低いかで、

幸せになるか不幸になるかを決めようとする風潮には

非常に危ういものを感じます。





私のしょうもない人生経験から申しますと、

IQの高さと所得は比例するかもしれませんが、

幸福度は逆比例します。





炎上覚悟で言いますが、

ぶっちゃけ、

IQが低い人ほど幸せそうに生きています。




あっ!

今、身の回りのIQの低い人を想像しましたね。

でもって、「あいつは確かに呑気に生きてるなぁ」と思いましたね。




今度、是非その方に伝えてあげてください。

「12/13のマニア学科の記事を読んで、

つい君のことを想像したよ!」


って。




でも、マジでそうなんですよ。

逆にIQが高い人ほど

なぜか難しそうな顔をして生きてるんですよ。





人間というのは賢くなればなるほど、

苦悩が増える生き物なんですよね。





いや~、この世って、

本当にバランス良く出来ていますね。




さて、

このIQですが、

これは全く気にしないのが正解です。




こういうものを気にし始めると不幸になります。




IQが高いか低いかなんて、

ケン玉が上手いか下手かくらいのもんなのです。




つまり、一つの特技なんですね。




私は、

現代社会において

人間にとって本当に重要な能力は

IQではない

と考えています。




IQはそこそこあれば十分です。




では何が重要か?




それは…

人間社会の中で上手く生きていく能力

だと思っています。




具体的に思いつくまま書くと




コミュニケーション能力

気配り力

ストレス耐性

ユーモアセンス

ノリの良さ

空気を読む力

人当たりの良さ

おしゃれのセンス

世渡り力

柔軟性

義理人情

芯の強さ

寛容な心

危険予測力

逃げ足の速さ

気の消し方

プライドの捨て方

ウソの上手さ

その場しのぎ力


等等。




特に最後の能力は重要ですよ(笑)。




IQが高い人って理系方面で力を発揮することが多いですが、

数学・物理が得意であることと、

上記の能力が卓越していることは全くイコールにはなりませんね。

つーか、むしろ上記の正反対のキャラが多いですよね。




で、

結局ナニが言いたいかと言うと、




人間社会の中で上手く生きていく能力

さえあれば認知症になっても幸せだ


ということです。




俗に言う良いボケ方をします。




逆に下手にIQが高い人って、

タチの悪いボケ方をしそうですよね。

確実に介護スタッフに嫌われそうです。




遠い将来の介護スタッフたちのためにも、

IQよりもそっちの能力を英才教育して欲しい

と思います。




☆本日の結論
「IQが高いんだったら、認知症を治す薬でも開発してみろっつーの!」

今年の年末はいつになく暗~い感じですよね。

それはきっと多くの人が、

「世の中がどんどん良くなる」

というイメージを抱けていないからでしょうね。




これからもどんどん景気は悪くなりそうだ。

少子高齢化が進めば、医療・介護の問題は大変だ。

国家の財政が破綻したら生活はどうなるの?





こんなことばかり考えていたら、

そりゃテンションも下がりますよね。

人が元気に生きていくには「希望」が大事ですからね。




というわけで、

明日の大晦日もせつないムードに包まれそうです。




でも、そんな中、

「やっと俺たちの時代がキターーー!」

っていう人たちもいます。




ユニクロ、ニトリ、餃子の王将の方々ではないですよ。




それは高齢者の皆様です。




なぜかって?




その理由は…来年の記事で!




☆本日の結論
「皆様には今年一年大変御世話になりました。」

いきなり前回の続きです。

予定を変更してやっぱ今年中に書きま~す




不景気になって

日本に元気がなくなれば、

高齢者は元気になります。





確かに景気が良ければ、

医療費が安くなったり、

元気なのにデイサービスに行きまくったり、

年金が増えたり、


ということになるかもしれません。




でも、

いくらそういう要素が満たされても、

高齢者は元気にはならないのです。




むしろ、

無駄な診察・無駄な検査・無駄な薬漬けでどんどん弱ったり

必要以上の介護を受けてボケてしまったり、

家族に年金だけを当てにされて意欲が減退してしまいます。





これは近年の我が国の歴史が証明していますよね。




老人ホームが増えて、費用も余裕で払えるとなると、

いともあっさりと入所させられる(家を追い出される)

ようになるでしょう。




だから高齢者が元気でいるためには

不景気の方が良いんです。




で、

高齢者に限らず人間というのは、

他者から必要とされることによって元気になりますよね。





景気が良くて、

仕事も遊びもハッピー!

でもってハイテク万歳!

って時代には高齢者は必要とされません。

むしろ若者にとっては邪魔者化します。




経済が破綻して

日本人の生活が原始化(アナログ化)すればするほど、

高齢者の出番が増えてきます。





高齢者の力が

世の中に必要とされるようになるのです。




少子高齢化を嘆いている人が多いですが、

それは「若者が高齢者の世話をする」という

思い込みがあるからです。




「高齢者の力が若者を助けてくれる」と考えれば、

少子高齢化もノープロブレムです。




医療保険が崩壊したとしても、

イコール高齢者が不幸になるとは限りません。




もしかしたら、

なんであんなに病院に通ってたのだろう?

なんであんなに薬ばっかり飲んでいたのだろう?


ってことになるかもしれません。




もちろん、

医療行為や服薬がなければ生きていくことすら難しい

という人もいるでしょう。




でも、

全国平均で考えれば、

医療に頼らないほうが

高齢者の健康度はアップするかもしれません。




介護保険に関しては、

これはもう自信を持って言えます。




介護サービスが充実すればするほど、

介護をする家族は助かったかもしれませんが、

身体が弱った高齢者や

認知症になった高齢者は

圧倒的に増えました。





そもそも介護保険の目的は、

介護負担の軽減であり、

高齢者を元気にすることではないのですから

当たり前の結果ですね。




てか、元々、

高齢者(ましてや要介護老人)が元気になる

という発想すらないのですから。




その部分は思いっきりスコトーマになっています。




介護保険が崩壊して老人ホームから介護スタッフがいなくなれば

「レジェンド爺さん」みたいになって面白いかもしれませんよ。




いなくなるとまではいかなくても、

老人ホームのスタッフが減ると、

多少なりとも元気な入居者は、

戦力として必要とされることになるので、

益々元気になるはずです。




在宅においても、

景気が悪くなれば、

背に腹を変えれなくなった嫁は

旦那の親との同居を受け入れざるを得ないでしょう。




そこは旦那の親にとっては完全ホームなので、

アウェイの旦那や嫁や孫は

「おじいさま」「おばあさま」

と呼ばないといけませんね。




一気に自尊心UPです!




また、

旦那の給与が安くなると

嫁さんも仕事をしなければいけなくなりますから、

家事においてはおばあさんの出番が多くなります。




さらに、

おじいさんも孫の世話を頼まれるわけなので、

部屋でボケ~と水戸黄門を見ているわけにはいきません。

自ずと心身が活性化されるでしょう。




というわけで、

リーマンショックのおかげで、

全国の高齢者はどんどん元気になるわけです。




ありがたいことに、

私たちは介護の仕事をしているので、

こういう面白さを次々と体感できるわけです。




高齢者に年始の挨拶をする時には是非こう言って欲しいですね。

「いよいよあなたたちの時代が来ましたね。頼りにしてますよ!」




☆本日の結論
「来年も相変わらずこんな感じでやっていきますので、よろしくお願いします!」

唐突ですが、

もし弥生時代にタイムスリップしたら

あなたは活躍できますか?




というわけで、




もし私が卑弥呼なら、

どんな者を雇用するだろうか?

と考えてみました。




ランキングにしてみました。




1位.とりあえず強い奴

2位.医者

3位.料理人

4位.大工

5位.百姓

6位.漁師

7位.アパレル系の奴

8位.美容師

9位.数学・物理学に強い奴

10位.音楽が弾ける奴(あるいは歌の上手い奴)

11位.写真のような絵が描ける奴

12位.物語を作れる(語れる)奴

13位. 悟りを開いた坊さん

14位. やたら道に詳しい奴

15位.イケメン

16位.マッサージが上手い奴

17位.笑わしてくれる奴




もしかすると重要な仕事が漏れているかもしれませんが、

思いつくまま書くとこんな感じです。




※勘の鋭い方なら、男の王ではなく

あえて卑弥呼にした理由が分かりますよね




それはいいとして。




やはり、

身の安全や衣食住に関するものが上位になり

次に政治や文化や学問に関するものがきて、

最後は娯楽的な要素のものを求めています。




もちろん弥生時代ですから、

IT、自動車、家電というジャンルは

お呼びでないですね。




金融系もまだ必要ないです。




行政書士も(笑)。




しっかし、

こうやって考えると

やっぱ医者は強いですね。

さすがです。




整体師なんかも重宝されるでしょうね。




で、

我らが「介護」ですけど…

正直ベスト20にも入らないと思いました。




なんでだろ?




♪ジャジャジャジャジャジャジャジャ




なんでだろ~




なんでだろ~




な・な・な・なんでだろう~




続く。




☆本日の結論
「あなたが卑弥呼なら介護は何位?」

前回の記事続きです。




前回のランキング中の職種を見ると、

百姓や大工以外は専門家(明らかにそれが特技の者)

でなければ成立しないですよね。




誰でもいいから手の空いてる者にさせる

というわけにはいかないですよね。




さて、

弥生時代に高齢者がどの程度いたのか?

認知症の人がいたのか?

彼らは大切にされたのか?

ということを度外視して考えますが、




仮に、

「年寄りの世話が必要だ」

となったときに、

果たしてそれを専門家にさせようとするでしょうか?




あなたが弥生時代にタイムスリップして

偶然そういうニーズに出くわした時に、

「私はお年寄りの方のお世話が上手く出来ます。」

と言ったら、

「おお!そういう人を探しとったのじゃ。是非頼みたい!」

とオファーされるでしょうか?




おそらく…それはないと思います。




「そんなことはいちいちお前さんに頼まんでも、

誰にでも出来るわい!」


という反応だと思います。




今、あなたが持っている知識や技術を全てアピールしても

「ふ~ん。でもいらない。

だと思います。




その扱いは

武道の達人、医師、音楽家、画家等とは

明らかに異なるでしょう。




介護という分野は

ハイテク産業とは異なり、

古今東西本質的には似たようなことが

求められている超アナログ的な仕事だと思うので、




弥生時代における扱いは現在における扱いと

大きくはかけ離れていないと思います。





つまり、現在においても、

家庭内で介護を担う人手さえ足りていたら、

「別にわざわざプロを雇ってまでは…」

という位置づけなのかなと。




つまり、

プロの介護士といえど、

その社会的位置付けは、未だに、

「家族の代わりにお年寄りを見てくれる人たち」

という所から脱却出来ていないのかなと。




よく介護業界の人が

「介護の仕事はこれからの日本にとって

本当に必要且つ重要なのだから…」


と叫んでいますが、

その根拠も、所詮、

「家族が忙しくて世話出来ないから」

という部分に依ることが大きいのかなと。




だから、

失業者→介護士

という発想になるのかなと。




だったら、

ある意味それも仕方ないのかなと。




嫌!そうではない!

我々介護士の専門性は偉大であ~る!





と言うのであれば、

例え弥生時代にタイムスリップしても

重宝されるような知識・技術を

身に付けておく必要があるのではないか。





などと思った日曜日の夜でございます。




☆本日の結論
「弥生時代でも通用する介護専門家としての“売り言葉”を考えてみよう!」

いったい、これからの日本人は何を目指せば良いのか?




今後、世の中が益々グローバルになることを考慮すると、

やはり、

世界の中で日本人らしさを生かした活躍をすべき

だと思う。




そう考えた時、




まず、体力勝負では分が悪い。

特にアフリカンとは余りにポテンシャルが違いすぎる。




日本人の小学生が、

逆上がりが出来るだの出来ないだの言ってる間に、

アフリカンの4歳の子がムーンサルトを決めていそうだ。




日本人がどんなにドーピングしても、

NBAの選手のような動きは出来ないだろう。




もし彼らがフィギュアスケートを本格的にやっていたら、

5回転ジャンプなんて簡単に出来てしまうだろう。




「はい!体力消えたぁぁ!」




次、知力はどうだろう?

これは、そこそこいけそうだな。




でも、日本人より賢い国民はゴロゴロいそう。




特にビジネスで重要となる

アイデアと問題解決能力に関しては

やっぱ苦手かな。




アイデアならば、

しいて日本人が勝る分野と言えば、

オタク的発想だろうか。




例えば、

車の発明は欧米発だけど、

それにドリンクフォルダーつけたり

カーナビを考案したり。




大元のアイデアは考案できないけど、

それを細かく発展させる

オタク的アイデアは得意なんだよね。




家電や携帯電話を見ても

それは明らかっしょ。




「誰がそこまで凝れって言ったんじゃコラ!」

って言われそうなくらいオタク的です。




また、

物作り文化も凄いよね。

日本の子供は小さい時から雑誌の付録でおもちゃ作ってるし、

もし、世界プラモデル選手権を開催したら、

上位は日本人が独占するだろうね。




これからも、

従来からの物作り文化とオタク魂の融合が

日本人の生産力を支えそうだな。




ただ、

日本人が物作りに関して最も致命的なのは

デザインのセンスがないってことなんだよねぇ。




だから、

車も家電も洋服も家具も、

美味しい所はセンスのある人たちに

持って行かれちゃうんだよなぁ。




外国人が、ビジネスや商品のアイデアを生み、

あるいは、おしゃれなデザインを考案し、

それをキチッとした形に仕上げたり

進化させるのが日本人。

って感じだよね。




そう!

このキチッと仕上げるという

几帳面さが日本人の優れたところなんだよなぁ。




漫画にしても、キチッと絵をかくし。




アメリカンのコミックなんて、

あり得ないくらい絵が雑だもんね。




要するに仕事が丁寧なんだね。

日本人は。




てなことをあれこれ考えていたら、

突然!ああ!

と思いました。




介護の仕事こそ日本人が世界一になれる分野じゃん!

って。




攻撃性が少なく

謙虚で

お人良しで

仕事が丁寧な上に

清潔を好み

そこそこ賢い。





完璧じゃ!




あなたはアングロサクソン系の介護士がいる施設で

遠慮なくナースコールを押せますか?

「What?」

ってテンション高そうに言われたらどうしますか?




思わず、

「I'm sorry」

って言ってしまいそうですよね。




アフリカ系の人も優しそうですが、

日本人独特の謙虚さの方が価値がありそうです。




日本人は清潔好きってのも最高ですね。

これはアジアの中でも抜きん出ていると思います。




マニュアルを理解する知能もあるし

報告・連絡・相談というチームケアも

協調性良く真面目にこなすでしょう。





いいですねぇ。

ジャパニーズ介護士 イズ ナンバーワン!

の時代がやってきそうです。




介護大国日本を目指すのであれば、

今の少子高齢化はもってこいの時代背景ですよね。

さらに日本の介護力に磨きがかかりますよ。




皆さん!

介護の仕事で日本一になれば

世界ランキング一位も夢ではないですよ。




よおし!

俄然やる気が出て来きたぞぉ!




☆本日の結論
「でも、施設の経営者にはアングロサクソン系が適しているんだろうなぁ。(問題解決能力が…)」


あらためて

「介護の目的ってなんだ?」と思い、

ググッてみました。

するとおなじみの文章が!




※介護保険法抜粋
(目的)
第一条 この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。




要は、利用者が

「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した

日常生活を営むことができる」ように支援すること


介護保険上における介護の目的らしいです。




私は、この目的のあいまいさが、

全てを狂わせていると思っています。




例えば、ケアプラン。




ケアプランとは、

言ってしまえば、

「主に介護に関する利用者の問題解決プラン」なのですが、




その解決の方向性が、

「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した

日常生活を営むことができる」ことでは、

そりゃケアマネも訳分からんでしょう。




なので、

同じようなケースでも、

ケアマネごとに十人十色の目標設定&アプローチ

になってしまいます。




つまり、

個々のケアマネのバックボーンや価値観が

ケアプランの方向性の根拠になってしまう
のです。




これってすごくいい加減ですね?




だからケアマネさんはいつも悩んでいます。

「私の方針ってもしかして間違っているのかしら?」

「本当に利用者にとって幸せだったのかしら?」





老人ホームにおいても、

介護の目的が曖昧なため

職種やスタッフごとにケアの方向性がバラバラになってしまい、

いつも衝突が絶えません。

で、結局は声の大きいスタッフの方針が採用されます。

なんじゃそりゃ?ですよね。




かと言って、私は

厚労省に介護の目的をもっと具体的にしろ

とは言いません。(誰も聞きませんが)




厚労省も介護の概念を狭めることによって、

そこから溢れてしまう人の声を恐れているのでしょうから。




介護というジャンルは

医療ほどシンプルではなく、

宗教や哲学的な要素も含まれているので、

具体化すればしたで、

問題になってしまいます。




で、




何が言いたいのかと言うと、

事業所(法人・会社)ごとに介護の目的を具体化しろ!

ということなのです。




つまり、

ビジョン(理念)を掲げろ!

ということです。




事業所の選択の余地のないド田舎や離島はともかく、

複数の事業所が乱立している地域(ほぼ日本中コレでしょ)

においては、その理念こそが

利用者にとって選択に資する情報になるべきだと考えています。




「当社はとことん自立支援にこだわります。」

「当社は何よりも心のやすらぎを追求します。」

「当事業所は機能訓練の場です。」

「当法人の存在意義は社会のセーフティネット足りうることです。」





このように、国が定める介護の定義から

脱線しない程度のビジョンを

事業所(法人・会社)ごとに掲げてくれたら、

利用者も分かりやすいし、

何より働く人が分かりやすいです。

仕事の目的がはっきりしますから。




逆に言えば、

少なくとも介護業界においては、

具体的なビジョンのない事業所(法人・会社)は、

自動的に、

「何がしたいのか全くわからない所」

「中身がない所」


と位置付けされてしまいます。




「老人をダシに金を儲けている所」

と言われても仕方がないでしょう。




☆本日の結論
「公の資格や研修よりも、社内教育の方がすんごく大事ってことですね。」




(おまけ)

当法人のビジョンは、

利用者に心身共に元気になってもらうこと。

またそのご家族や地域全体、もちろんスタッフも元気になること。

仮に元気になる気配がなくても諦めずに元気を生み出すこと。

つまりは「元気を創る」ということです。

文句あるか?!(笑)


詳しくはコチラをどうぞ!

「人間はね、チャレンジしている時は謙虚なんだよ。」

「でも、一旦権利を獲得すると変な欲が出てくるんだよ。」

「その欲が人生を狂わせるんだよ。」

「だから、成功したいなら常にチャレンジし続けることだよ。」





数日前、こんな言葉が脳裏を横切りました。




確かにそうですよね。




例えば国家




以前の体制に対して革命を起こそうとしているときは、

世のため人のために自己犠牲の精神たっぷりで

それこそ命がけで頑張ります。




でも、いざ革命に成功すると、

今度は途端に身内の派閥争いが起こりますよね。




例えば商売




かつての駅前商店街なんかは、

勝手に客が来るもんだからあぐらをかいてましてよね。

料金も完全にボッタクッていましたよね。




それにNO!と言って革命を起こしたのが、

ダイエーやセブンイレブンやイオンなんかの

新手の流通業者ですよね。




創意工夫をし続けて、

安くていい物を売り続けた結果、

商店街をやっつけちゃいました。




でも、今頃は、

街の商店街も必死になって盛り返していますよね。

なりふり構わず朝市とかやってますよね。

ずっとその謙虚さがあれば、

負けてなかったのにね。





例えば恋愛




男も女も愛を勝ち取るまでは謙虚ですよね。

超謙虚です。




でも、いったん愛を手に入れたら…

♪いわばエゴとエゴのシーソーゲーム

ですよね。




例えば就職




誰しも内定をもらうまでは謙虚ですよね。

でも…(以下同文)




例えば介護




介護を変えたい!

業界を変えたい!


という熱き志を持って仕事をしている時って

ある意味、すごく謙虚に仕事に向き合っていますよね。




でも、

ある程度の目標を達成したら…

ある程度の待遇を手に入れたら…




今のあなたって、

かつてあなたが批判していた人達とあまり変わりませんよ


ってことになるんですよね。




なので、

どうせなら、あり得ないような目標を立てて

常にチャレンジャーでい続けたいですね。

例えば、レジェンド爺さんのような施設を目指すとか。




☆本日の結論
「最近、介護を変えるぞ!って言葉を聞かなくなったなぁ。」

商売というものは

「役割分担」あるいは「便利」という名の元に

人間の機能を少しでも多く

廃用症候群化することによって

成り立つのだと思う。




例えば、

もし全国民が余裕で農業活動をこなせれば、

農家の繁栄は難しいだろう。




農家が繁栄したければ、

国民の多くが「田植えさえ出来ない」

という状況を作り出せば良い。




「もはやエアコンなしでは生きられない」

という身体にしてしまえば

電気屋は儲かる。




「家の掃除なんて出来ないわ」

という主婦を多く作り出せば

ダスキンが儲かる。




「子育てなんて出来ないわ」

という親が増えれば、

保育園が儲かる。




そして、

「親の世話なんてしたくないわ」

という人を多く作り出せば

介護事業者が儲かる。




逆に言えば、




介護事業所という便利なものが

存在することによって、

「親の世話なんてしたくないわ」

という人が増える。




やっぱ、これはマズイでしょ?




保育サービスや介護サービスが

親子の関係を希薄にしてしまうツールになってしまっては

本末転倒ですよね。




だから、

保育や介護の仕事ってのは、

100%商売化してはダメなんだよね。





せいぜい70%くらいにしておかないと。




だから、

老人ホームという商売も、

「何でもいいから一人でも多く入居させるぞ!」

ってことになると、

やっぱヤバイよね。




そこに入居した人と家族との関係が以前よりも良くなる。

そういう機能を持っていないと。




「家族の関わり」という機能を

廃用症候群化してしまうのではなく、

むしろ引き出し活性化する。





そのことを家族にもポジティブに理解してもらう。




そういう仕事をしようよ!

生活相談員&ケアマネージャー




☆本日の結論
「他の商売もそうであって欲しいなぁ。」

介護の仕事をしている人って、

経営者も含めてだけど、

介護以上に興味関心のある趣味や生きがいを持っている

ケースが多いよね。




まあ、それはそれで良いことだと思うけど。




でも、私は言いたい。




介護だけじゃあ物足りないのか?と。




あなたは本当に介護の仕事が好きなのか?と。




そういう人たちでも、

それなりに素晴らしい仕事は出来るかもしれない。




でも、決して超一流にはなれないだろう。




そんな気がする。




☆本日の結論
「本業のことを本当に愛している人って意外と少ないかもね。」

新年早々にある人が言っていた。




「介護施設で儲かる方法を教えてあげようか?」




「はい。」




「特に入居系は間違いないよ。」




「はい。」




「では言うよ。」




「はい。」




「それはね…。」




「それは?」




「経営者が一切ケアにこだわりを持っていないこと。」




「…。」




「どう?当たっているでしょ?」




「そんなの、皆、とうの昔から知っていますが…。」




☆本日の結論
「日本の介護レベルは経営者のこだわりによって支えられている。」

無駄がなくなるのは良いことだ。




だが無駄を削れば削るほど、

今度はストレスが増してくる。




例えば体重




ある程度以上、

脂肪がなくなれば、

イライラしてくるらしい。




例えばタイムスケジュール




分単位のスケジュールは、

どう考えてもイライラする。




例えば建物




無駄なスペースがあるからこそ、

そこに落ち着きを感じることが出来る。




例えば




普段は一人しか乗らないからと言って、

一人乗りのコンパクトな車だと心もとない。




例えば職場




無駄な人員が全くいない環境というのも

息苦しい。




水や空気だって、

無駄な成分が完全になくなってしまったら、

人体にとってきつい物になるはずだ。




何事にも効率化が求められる今の世の中。




そんな時代だからこそ

癒しを生んでくれる無駄が

ありがたかったりする。




で、結局何が言いたいのかと言うと、




無駄のない言葉はキツイ

ということである。




効率よく仕事をしていう上では、




要点のみ述べよ!




結論から述べよ!




ということが求められるが、

それも度が過ぎると、




職場の人間関係に支障を来たすような気がする。




あるいは、

会話のペースが速くなりすぎて

脳が疲れてしまうような気がする。





そういう意味では、




少々まどろっこしい言い回しや、

焦点がぼやけた表現というのも

ありだったりするのかなと思う。




また、

要点以外に意図的に世間話やユーモアを

織り交ぜながら話をするという作業も

そういう効果を狙ってのことなのだろう。




これらのことは、

介護スタッフが利用者と話をする上で

重要な意味を持っている。





☆本日の結論
「無駄が生まれやすい。それが日本語の良いところかもしれない。」

ただのお世話なら、

家族にしてもらった方がよっぽど良い。




家族の事情はどうであれ、

多くの方にとっては

その方が良いに決まっている。




色んな理由があって

他人が介護しているわけなんだけど、




他人がするからには、

効果的なケアをしないとね。




☆本日の結論
「valuable care(略してVC)をしよう!」

利用者の方って、

なんだかんだ言って

スタッフのことを褒めてくれるんですよね。




「あんたは優しいなぁ。」

「ええ嫁さんになるよ。」





褒めるまでいかなくても、

認めてくれるんですよね。




「大変そうだねぇ。」

「今日も元気だねぇ。」





認知症の方こそ、

こう言ってくれる傾向だったりします。




これって、

結構気分が良いモンなんですよ。




それが心地よくて介護の仕事を続けている人も

もしかしたらいるかもしれません。




それがやりがいになっているかもしれません。




でも、




介護の仕事を続けていると

それが当たり前になってくるんです。




利用者に認められて当然。

利用者に褒められて当然。





そして、その思いは、




利用者に感謝されて当然。

へと進化していきます。




怖いですね。




介護の仕事って

人に感謝される仕事の代表のようですけど、

それをやりがいにすると道を外す

というややこしい面があるんですよ。





当然、感謝されるようなことはたくさんしていくんだけど、

それに依存してはいけない

てな感じですかね。




☆本日の結論
「感謝されなくても元気にすれば良し。」

昨日の記事の続きです。




相手に認められてうれしい。

相手に褒められてうれしい。

相手に感謝されてうれしい。





逆に、




相手に認められないと辛い。

相手にダメ出しされると凹む。

相手に感謝されないとムカつく。





というのは当たり前の感覚であって、

営業のアンちゃんだろうが、キャバ嬢だろうが

同じような感情を持ち、

多少なりとも態度に現れるでしょう。




なぜ介護職だけそうなってはいけないのか?




と思うのは正常です。




では、説明します。




なぜいけないのか?




それは、

上記の職業はお客さんと従業員が基本的にフェアな立場であるが、

利用者と介護職の関係は明らかに弱者と強者の関係だからです。




介護業界において、

利用者と介護職の関係がフェアな状況は限られています。




それは例えば、

サービスを利用しなくても全く困らない利用者の場合だったり、

利用者が多額の料金を支払っている場合っだったりです。




つまり、

「そんな態度取るなら、もう利用してやらねーぞ!」

と利用者が強気に言える場合のみです。




だから、

そういう人以外は、

サービスを利用するにあたって、

なんらかの我慢をする必要があるのです。




そういう相手に対して、

介護スタッフが勘違いして、

横柄な態度になるとダメなんだよ。




また、

この仕事はそうなってしまいがちだから

気をつけないといけないよ。




さもなければ、

利用者に恐れられる存在になってしまうよ。




そうなったら、

利用者を元気にする存在とは程遠いものになってしまうよ。




だから、

相手の感謝はスルーし、

ダメ出しは謙虚に受け止める

というバランス感覚が丁度良いんだよ。





ということなんですね。




☆本日の結論
「敬語を使わない介護士に言ってやりましょう。『フェアじゃないよ!』」

「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

とは元楽天監督のノムさんの名言である。




でも、実は、オリジナルは、

松浦静山という殿様で、

剣術の達人だったらしいのだが、

そんなことはどうでもいい。




私はこの言葉が大好きでなのである。




「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」




老人介護の仕事をしていて、

あるお年寄りが、

なんだか良く分からないけど元気になった

という例はあるだろう。




もちろん、

その何倍ものお年寄りが、

なんだか良く分からないけど元気がなくなった

ということになっているはずだ。




元気になったケースに関して、

無理にその分析をせず、

「不思議なこと」

で済ませることがあったとしても、

さほど大きな問題ではない。




だが、

状態悪化したケースに関しては、

決してそういうわけにはいかない。




状態が悪化したからには、

必ず何からの要因があったはずだ。




しかも、

その要因を

「年だから」

「進行性だから」

「認知症だから」


と、お年寄り側に見出すのではなく、





「ケアの方法が悪かったかもしれない」

「自分たちの知識不足だったかもしれない」


というように、

介護側の問題として考えるべきだと思う。




その思考回路の構築こそが、

レベルアップへの道だと思うからだ。




☆本日の結論
「飯も同じことが言えるのだよ(for調理スタッフ)」

心技体

スポーツの世界で良く言われている

「心技体」を全て磨けよ

の言葉、

これはシンプルこの上なく核心を突いています。




「心」とは、根性・気合・ポジティブシンキング。

「技」とは、技術(テクニック)。

「体」とは、体格・基礎体力・体調(コンディション)





いくら根性(心)と技術(技)があっても、

基礎体力(体)で明らかに負ける相手には勝てません。




ヒクソン・グレイシーが

どんなに仕上げたところで、




ヒクソン・グレイシー




アリスター・オーフレイム

には勝てないだろうということです。




アリスター・オーフレイム








また、

根性(心)があり、

体力(体)に優れていたとしても、

技術(技)が身についていなければ勝てません。




なので、

桜木花道が流川楓に勝つのは難しいのです。




流川と桜木








そしてもちろん、

技術(技)と体力(体)に優れていたとしても、

根性(心)がなければ勝てません。

特に大事な局面になればなるほど。




その恵まれた素質で

将来の横綱間違いなしと期待されていた

琴の若も




琴の若




その要素が災いして関脇どまりでした。









このように、

スポーツの世界で成功するには、

「心技体」の全ての要素が求められるのです。




で、




介護のお仕事なのですが、




全く同じことが言えます。




「心」とは、謙虚な心。

「技」とは、介護・医療等の知識・技術。

「体」とは、がっつり動ける体力。





この3つを持っていれば、

最強の介護士になるわけです。




思い返せば、

措置時代は、

休みなく働ける体力(体)や

利用者を持ち上げるパワー(体)が評価され、

メチャクチャな技術(技)と

上から目線の態度(心)が

まかり通っていました。




今でも、

利用者を思う気持ち(心)は人一倍強いのだけど、

知識(技)もなければ、

体力(体)もないスタッフは、

誰の支持も得ることが出来ません。





謙虚さ(心)と知識(技)の二つを持ち合わせていたとしても、

しょせん体力(体)がなければ、

現場では戦力外通告です。




かと言って、

謙虚さ(心)と体力(体)だけで、

知識・技術(技)がなければ、

利用者にとって不利益な存在になり得るし、

他の専門職からバカにされるターゲットになりやすいです。




そして、

そんな知識・技術(技)が豊富な専門職の皆様は、

往々にして謙虚さ(心)を欠いているケースが多いように思います。




自分の課題は、

「心技体」のどれなのかと

あらためて分析してみるのも面白いかもしれません。








経営についても同じです。




「心」とは、健全な理念・良心・誠意・真面目さ。

「技」とは、マネジメント、組織作り、サービスのアイデア。

「体」とは、経済力、戦力。





思い返せば、

措置時代は、(またか)

経済的(体)に余裕があり、

優秀なスタッフ(体)が多くいたとしても、

ぬるくテキトーな運営方針(心)により

低レベルなサービス(技)が蔓延していました。




今、次々と介護報酬が削られていくにしたがって、

どの会社も「体力」は弱りつつあります。




多くの会社では、

「技」の研究をすることで

それを挽回しようとしているのでしょう。




しかし、

そこに「心」が伴わなければ、

次第に介護事業を担うに相応しくない存在になっていきます。




心を保ちつつ、技を磨き、体を作っていくのが

経営の王道だと思います。





押忍!




☆本日の結論
「言うは易し行なうは難し。」


「元気を創る」

という理念は、

陽性のメッセージ(以下「陽メッセージ」)である。




似たような、

同業種のメッセージであれば、

「自立支援を目指す」

「幸せな暮しを目指す」

などであり、




他業種のメッセージでは、

「楽しみを生みだす」

「便利さを追求する」

などである。




つまり、

ポジティブな表現のことである。




だが、




あらゆる業界は、

陰性のメッセージ(以下「陰メッセージ」)も有している。




「楽しみを生みだす」

「便利さを追求する」

を陰メッセージで言い換えると、




「退屈の解消」

「不便さの解消」

などである。




表現がネガティブだけど、

多くの場合、

実はこちらの方がしっくるくる。




もうお気づきかと思うが、




本来、

この陰メッセージは、

医療・福祉業界にこそ

しっくりくる。




だが、




それを言ってしまうと、

だだでさえネガティブイメージがはびこる業界にとって、

逆ブランディングになってしまうから、

誰も言おうとしないだけなのだ。




なので、




私も、

今までは、

「元気を創る」

の陰メッセージを強く意識したり、

それを発信したりすることは

なかったのだが、




陽メッセージだけでは、

カバーできない領域もあるので、

これからは陰メッセージも

ちょいちょい活用しないといけないかも

と考えている。




陰メッセージも理解しておかないと、

現場では、

矛盾や説明不能に陥るケースが生まれるからだ。




ちなみに、




「元気を創る」



陰メッセージは…




明日に続く。




☆本日の結論
「今回はかなり重要なシリーズになる、と自分では思っています。」

「元気を創る」



陰メッセージは、




「苦しみの解消」

です。




なぜ、特養の入居者を元気にする必要があるのか?




この問いに、

即答できる人は少ないでしょう。




「元気でなくても生きていける場所」

それが特養だからです。




つまり、

入居者自身も、

職員側にとっても、

元気を目指す動機が弱くて当然の場所なのです。




なので、

もしかすると

元気になる取り組みを拒否する入居者もいるかもしれません。




けど、

多くの場合、

その先にはより大きな苦しみが待っているのです。





身体機能や症状の悪化による身体の苦しみ

自分が生きていることの意味を見出せない心の苦しみ





だから、

「早く死にたい」

と思う人もいるかもしれません。




だけど、

自ら死を選ぶことは、

とてつもなく苦しい行為のはずです。




生きるのも苦しい

けど死ぬのも苦しい




そういう苦しみを

少しでも解消させたい




という考えが、

「元気を創る」

というメッセージの根底にある




ということが、

つい先ほど明らかになりました(笑)。




続く。




☆本日の結論
「この理念を前面に出すと緩和ケア施設だと誤解されます。」

人間はメリットよりも

デメリットの方に敏感になります。




エサを食べる機会を獲得することよりも、

自分がエサにならないことへの警戒心が増します。




お金を得する話は無視できても、

損する話は無視できません。




今以上に健康になることには興味がなくても、

今より病んでしまうかもしれないことには

強く関心を抱きます。




なので、




メリットを主張する

陽メッセージよりも、




デメリットの解消を主張する

陰メッセージの方が、

人々の関心を集めるのです。




医療も

介護も

保険も

宗教も

それ系のビジネスです。




そういう意味では、

「苦しみの解消」

の方が世間には分かりやすい理念かもしれません。




が、




いかんせん、

言葉がネガティブ過ぎるし、




どこか、怪しい(笑)。








けれども、




昨今の介護業界は、

求人やイメージアップのために

陽メッセージに偏り過ぎているので、

介護の本質からブレている気もします。




よって、




少なくとも、当事者たちは、

陰メッセージを理解&意識しておく必要がある

と強く思う今日この頃です。





☆本日の結論
「明日の記事は、いよいよアレの結末…。」

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