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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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自分の身の丈に合っていない

高級レストランやブランド店に無理して行った時って、

やはり異様に緊張しますよね。




もしかすると店員は普通にしてくれているかもしれないけど、

なぜか上から目線で見られているように感じますね。

「は?なんでうちの店にこんな貧相な奴が来るの?」

って感じの視線が刺さりますよね。(被害妄想)




そういう時の自分ってすごいデリケートなんだよね。




でも、

動揺しているのはバレるとカッコ悪いので、

「オレはこういうとこ慣れてるから。」

みたいな顔をしてしまう。




ところが、

その意識が余計にぎこちない立ち振る舞いを生み出してしまう。




自然体でいようと思えば思うほど、

グダグダのバレバレになってしまう。




もしフランス料理なんて初めてで、

ワインの知識なんて全くなかったとして…




その状況でいきなりソムリエに

「お客様、本日はブルゴーニュのワインなどいかがでしょうか?」

などと聞かれた日には、

完全にパニックってしまいますよね。




気の弱い方なら、ビビッて

「そ、それでお願いします。」

何も分からないまま何も確認しないまま頼んでしまいます。




気の強い方なら、ブチ切れて

「もう勝手に決めてくれよ!」となって

一刻も早く店を出る理由を考え始めます。




本当は、

「すみません、ワインのこと詳しくないんで、

ブルゴーニュとか言われても分からないんですよォ。」


って言えばいいんだけど、

やっぱ何も知らないことがバレるのは恥ずかしいし、

そんな余裕もないですよね。




出来るソムリエなら、

「あっ、このお客さんはこういう場に慣れてないな。」

ということを早めに察して、




「軽めで飲みやすいタイプのワインがお好みでしたら

ブルゴーニュ地方のお勧めの物がございます。

ちなみにお値段は一本8千円です。

グラスだと一杯千円でお出しすることも出来ます。」


とさりげなく情報を与えて、

お客さんに恥をかかせないようにします。




もし、このお客さんが素人でなく、

「君、そんなことは説明されなくても知ってるよ。

またいちいち値段なんかも言わなくてもいいからね。」


と言われたとしても、

「すみません。」

とソムリエが謝ればいいだけなんですよね。




どの道、お客さんを不快にさせることにはなりません。




そういうさりげない配慮が出来るかどうかが、

ダメソムリエと出来るソムリエの違いですね。

ソムリエにとってこのセンスは

ワインの知識よりも大事かもしれません。




で、




記憶力の低下している認知症の方って、

自分が色々なことを忘れてしまっていることを

周囲に悟られないように気張って生きています。

プライドの高い方ほど。




そういう方がデイサービスに来て

つい間違った席に座ってしまった時に、

「すみません、鈴木さんの席はこっちなんです!」

とズケズケと言ってしまうのはダメ介護士ですね。




その利用者は、

周囲の視線を気にしながらも、

コンプレックスと闘いながらも、

頑張って自然体でいようとしているのです。




なのに、

そんな配慮のない言葉を浴びせられるとどうなりますか?




気の弱い方なら、

「ああ、間違えちゃった!自分ってダメだぁ。」

自分を責めて意欲が減退してしまいます。

その後、言いたいことも言えなくなるでしょう。




気の強い方なら、

「ワシの席はここじゃ!」

と開き直るか、

「もう帰る!」という

必殺帰宅願望が炸裂するか、ですね。




センスのある介護士ならこう言うでしょう。

「すみません、鈴木さんの席は今日はこっちなんです!」




☆本日の結論
「認知症の方の不安な気持ちが知りたければ、お近くのエルメスかレクサスへどうぞ。」

あたなが合コンにてイマイチ乗り切れず、

口数少なくつまらなそうに過ごしていたとしましょう。




そのとき、

「田中さん、さっきからつまらなそうにしているわね。

あっちでは皆でワイワイやってるわよ。

あっちに行って一緒にしゃべりましょうよ。」


と言われたらどう思いますか?




素直に言う通りにする人もいるかもしれませんが、

ある程度プライドが高い人なら、

「今日はしゃべる気分じゃないから、

一人でボーっとしていたいんだよ。」


のようなことを言って、

その誘いには応じないでしょう。




このように、

相手がマイナスの感情を抱いている時に。

そのマイナス要素をストレートに口にして

プラスの方向に導こうとしてもダメですよね




それは非常に恩着せがましい声掛けになっていしまいます。




相手のプライドをまともに傷つけてしまいます。




でも、これをやってしまっているんです。

介護現場では。




「(私が介助するので)

トイレに行きませんか?」





「(私が介助するので)

お風呂に入りませんか?」





「(居室にいても退屈でしょうから)

食堂で皆さんとお話しませんか?」





「(ずっと家にいるとダメになるので)

デイサービスに行きませんか?」





ストレート過ぎるんですよね。




「大きなお世話だ!放っておいてくれ!」

となって、頑なに拒否されますよね。

完全に逆効果です。




「居室の箪笥に洋服を入れたいのですが、

良く分からないので教えていただけませんか?」



「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」


「ありがとうございます。お手数おかけします。

あっ、ついでにお手洗いに寄って行かれてはいかがでしょうか?」



「おお、そうじゃのう。行こうか。」





「あの~すみません…

あちらのテーブルで今タオルを畳んでいるのですが、

どうしてもはかどらないので、手伝って頂けませんでしょうか?」



「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」


「ありがとうございます。お手数おかけします。

あっ、こちらは田中さんという方で、

鈴木さんより3歳年上らしいですよ。」



「ああ、ワシの先輩かぁ。どうも始めまして鈴木です。」




このように、高齢者への声かけは

「仕方がないのう?行ってやるか。よいしょっと。」

という返事をもらえるようなものを目指すのが

ベターかと思います。




そのためには、

本人が気分良く同意してくれるような理由付け

が必要になります。




また、その理由も無意味なものでなく、

本人の役割や活動や他利用者との交流につなげるものであれば、

レバレッジが効いて良いかと思います。




要は、

相手のプライドに配慮した声かけをしろ

ということですね。




合コンでは普通にそういう配慮が出来ても、

介護の場面ではなぜか省略されることが多いので、

是非とも活用をお願いしたいと思います。




☆本日の結論
「特に初期の認知症の方にはガッツリ配慮して下さい。」

認知症を生業とする介護施設

(特養、グループホーム、小規模多機能等)には、

本物になるために乗り越えるべき二つの壁がある。




まず一つの壁は、

どんなに大変そうな状態の人でも受け入れる

という壁。




二つ目の壁は、

受け入れた人の心身の状態を改善させる

という壁。




一つ目の壁でつまずいているようでは、

前回の記事でも書いたように、

社会的ニーズの低い施設になってしまう。

いずれ淘汰されるだろう。




この壁を越えるためには、

「覚悟」さえあれば良い。

気合と信念と情熱で超えられる。




ただ、

大変そうな人を受け入れるだけなら、

意外と簡単なのだ。




身体拘束(投薬・施錠等…)のオンパレードで

しのげるからである。




但し、

介護施設でそれをやってしまっては

それこそ存在意味がない。




やはり、

身体拘束なしでしのごうと思ったら、

相当な覚悟が必要になるだろう。




二つ目の壁を越えるには、

「覚悟」だけでは不十分で、

それプラス「知識」・「技術」・「組織力」

求められる。




いくら身体拘束をしないからといっても、

その場しのぎケアを続けていては、

どの道、利用者の心身の状況は悪化する。




入居したときは徘徊しまくって困ったけど、

今は歩行困難のため結果的に徘徊がなくなった…。

なんて事例は山のようにある。




この二つ目の壁を超えない限り、

認知症利用者をやんわりと寝たきりにさせる施設

というレベルで終わってしまう。




そこを本気で取り組まないと、

介護士の価値は上がらないだろう。




分かってんのか?




☆本日の結論
「但し、今の介護保険制度下では、ケアが楽な人ばかり受け入れて、すぐに寝たきりにさせるような施設でも同じだけの介護報酬はもらえます。ありがたい制度です。」

プロへの道

ただ世話しているだけ。

ただ介護しているだけ。




それだけじゃあ、

単なる「親切な素人」なんだよ。




プロの介護士なら、

素人には出来ないことをやり遂げないと。





素人がお手上げするような大変な人でも、

上手くケアできないと。




大変な認知症の方を前にしたとき、

その問題行動が激しいからと言って、

利用を断ったり、すぐに精神科に泣き付くのは素人。




プロならとりあえず断らない。




そして、

どんなに大変なケースであっても、

くらいついて行く。




ただ、

そこで防戦一方ではいけない。




その認知症の方の問題を解決するパンチを

次々と繰り出さないといけない。





え?

どんなパンチを打てばいいか分からないって?




分からなければ勉強しましょう。




勉強&会議→取り組み→モニタリング




その繰り返しによって、

どんどん有効なパンチを打てるようになるから。




ただし、

やみくもにパンチを打てば良いってもんじゃないよ。




ちゃんと根拠のあるパンチを打てよ。




やみくもに打つと、

状態悪化という名のカウンターのパンチを食らっちゃうよ。




強い防御(事故防止・介護士自身の心身のケア)だけでなく、

根拠のある的確なパンチが打てるようになれば、

マイクタイソンのような強豪の利用者相手にも

いいケアが出来るようになるから。




そうなったら完全にプロだと言える。




介護のプロになるためには、

その道しかないんだよ。




少なくとも認知症ケアに関しては、

最初から上手く出来る人はいない。




実践と勉強を重ねながら、

レベルアップするしかない。





そのためには、

逃げてはダメなのだ。




逃げるのは素人なのだ。




難敵相手でも、

勇気を出して立ち向かい、

そして勉強してクリアしていく。




そういう姿勢を持つことこそが、

プロとしての第一歩なのだ。




「単に施設で働いているというだけの素人さん」と

「プロの介護士」との違い。





そこんとこしっかり意識しておきましょう。




☆本日の結論
「蝶のように舞い蜂のように刺す。そんな介護士になろう!」

一般的に

グループホーム(GH)は特別養護老人ホーム(特養)よりも

介護スタッフの配置が厚い。




けど、

GHは軽度で特養は重度の方が入居する

というイメージがある。




ということは、




GHは多くのスタッフで軽度の方をケアし、

特養は少ないスタッフで重度の方をケアするのか?





GHのスタッフ、超楽じゃん!




特養のスタッフ、超ハードじゃん!




もし給料が一緒ならやっとれんですねぇ。




この矛盾を解決する方法はただ一つ。




GHは、

特養ですら対応困難な方を受け入れるべし。





そして認知症の症状が改善されて、

状態が安定したら特養に入居しましょう。




間違っても、

重度化したから特養へ

じゃないからね。




てか、

頼むから、

重度化させんでくれ。




何のための人員配置じゃい!




GHに入居しなかった方が元気だった

ってパターンが多すぎるぞ。




別にGHで看取りなんてしなくてもいいから、

看取りせにゃならんような状態にするなよ。





と、知人が叫んでました。




☆本日の結論
「GHは特養より付加価値が高くないとね。」

利用者、特に認知症の方が

何か要望すると、




多くの介護スタッフは

反射的に否定しようとしてしまいます。




「ちょっと、もう帰りたいんだけど…」

「ちょっと、話を聞いて…」

「ちょっと、外に連れてって…」

「ちょっと、これ不味いんだけど…」

「ちょっと、もうこれ(水分)いらんから…」





のような訴えに対して、




でも、今すぐは難しいから…」

後で、また来ますから…」

いや、外は暑いですよ…」

そんなことないですよ、それは…」

まあそう言わずに、あと少し…」





と答えます。




ひどい場合は、

利用者が「ちょっと…」

と切り出した途端に、




「でも」

「いや」

「後で」

「そんなことないですよ」

「まあそう言わずに」


の否定切り返し5段階活用が飛びだします。




利用者の訴えを受け止めるどころか、

完全に跳ね返しています。




まさに、北斗神拳 二指無空把!




訴えを軽く跳ね返られた利用者は、

気が強い人は、魂が荒ぶり

気が弱い人は、意気消沈します。




「そんなの関係ないわ!」

と言う介護職は、

利用者の世話をすることは出来ても

元気を創ることは出来ません。




元気を創るためには、

まずは利用者の訴えを肯定的に受け止める

という対応を習慣化したいものです。





「帰りたい!」と言われれば、

一旦「帰りたいんですねぇ」と受け止める。




それだけで利用者の気持ちは随分違うはずです。




☆本日の結論
「認知症の方への対応は、理屈よりも感情重視で!」

DJ気分で!

私の車にはカーナビがついています。




で、




ランダムに曲を流すモードがあるんですけど、

曲と曲の合間にDJのセリフが入ってきて

結構面白いんです。




例えば、

「今のあなたの気分にぴったりなこの曲をどうぞ!」

みたいな感じで。




そう言われて曲を聴くと、

その後流れる曲が激しい曲だろうがバラードだろうが、

「ホントだ、今の俺の気分にピッタリな選曲だ。」

と思ってしまいます。




まあ、




つまり、




どんな曲が聞きたいかなんてのは、

全く根拠がなく、

気分が良ければOKってことですね。





さて、




一方、




認知症の方の思考というのも

かなり気分に支配されていると思うのです。




例えば、

デイサービスを利用している時でも、

特にタイムスケジュールやプログラムを

気にしながら過ごしているわけではなく、




その時その時が、

楽しいか、不愉快か、

という部分で言動が変わってきていると思います。




楽しければ笑顔で過ごしているし、




不愉快であれば「帰る!」と言って、

玄関の方に歩いていくわけで。




記事の前半で、

「どんな曲が聞きたいかなんてのは、

全く根拠がなく、

気分が良ければOKってことですね。」

と書きましたが、




認知症の方も、

どんな活動がしたいのか

いつ風呂に入りたいのか

というのは、

明確な根拠があるわけではなく、

99%その時の気分によるものだと思います。




なので、

「これから行われるサービスは、

まさに今のあなたの気分にピッタリです。」





てな感じで、




介護スタッフも

DJばりに気分のコントロールが出来れば、

さぞかし良い仕事が出来るだろうなと思います。




はい。




だからどうしたと言われても困りますが、




こんな記事でも、

千人に一人くらいには、

コツをつかむための良いヒントになり得るのかな

と思って書いてみました。




☆本日の結論
「ソムリエも同じ。」

今、外には見事に桜が咲いていますが、




先日私は研修で

サクラテクニックを教えました。




「偽客」と書く方のサクラです。




店の人が、

「この商品は良いよ」

「このメニューは美味しいよ」

と強く主張するよりも、




お客さんが、

「私もこれ買ってみたけど良かったよ」

「この間、これ食べたけど、最高だったよ」

と言う方がはるかに効果的だというものです。




TVの通販なんて、全てその手法ですよね。




なので、




例えば、

認知症の方で散歩嫌いの人に対しては、




「散歩に行きましょう!天気も良いし!」

とスタッフの立場として

誘う気満々で声かけするのではなく、




通りすがりのおばちゃんが、

自然に誘う感じで、

「天気も良さそうだし、ちょっと行ってみますか?」

と言った方が成功しやすいのです。




その時のコツは、

いかにして利害関係のない第三者になりきるか

ということです。




少しでも、

散歩に連れて行ってやろう!

という気配が悟られてしまうと

OUTです。




なぜならそれは強要になるからです。




強要に対しては、

拒否をしてしまうのが人間の本能です。




利害関係のない人による

情報提供&軽い促し





これがポイントです。




なので、

声かけ時は、

利用者スカウターで測定できないほど

スタッフオーラを極限まで抑えましょう。




そうすれば、

無事、桜を見に行くことができるでしょう。




入浴嫌いの方にも

特に有効なテクニックです。




☆本日の結論
「他の利用者にしてもらうのが一番効果的。」

いつだったか、

誰だったか、

忘れましたが、




先日、

「認知症利用者への取り組みとして何かやっていますか?」

ということを質問された記憶があります。




おそらく、

「うちは〇〇ケアを導入しています。」

のような答えを求めていたのだと思います。




が、




そんなものはないので、

ちょっと答えに苦しみました。




結果、




ケースカンファやその他のカンファで

浮かび上がった問題に対して

原因分析し、

有効だと思われるアプローチを試みています。





という、

非常につまらない答えになってしまいました。




質問した方にとっては、

拍子抜けだった思います。




ある意味、申し訳なかったです。




けど、




他に答えようがないんじゃもん。




そもそも、

認知症の方への取り組みなんて、

目新しいことよりも、




普段からスタッフが敬語で話すとか

便秘させないとか

しっかり散歩するとか

そういう基本的なことを確実にやることが

大事なんじゃもん。




でも、




そんなことをいちいち真面目に答えるのも

面倒くさいんじゃもん。




第一、聞いても面白くないし。




そもそも、

「認知症利用者への…」

という質問がセンスないし。




認知症ってひとくくりにされても困るんじゃもん。

タイプもレベルも課題も多様過ぎるんじゃもん。




せめて、

「ショートの人で帰宅願望が超強い人への…」

くらいの質問をして欲しいんじゃもん。




仮に冒頭の質問をするにしても、




「御施設では、認知症利用者に対して、

〇〇ケアのようなものを取り入れたりしていますか?」


とストレートに聞いて欲しいんじゃもん。




その方が、

自分が聞きたいポイントが明確だし、

聞かれた側も答えやすいですからね。




☆本日の結論
「いえ、そういうのは特に何もないですねぇ。」

例えば、

アルツハイマー型認知症への進行は

脳の器質的変化の問題であり、

しかもそれは長年の蓄積によるものなので、




高齢者が

仕事を引退して

家でゴロゴロしていたからといって、

急に脳の構造が変化するわけではない。




だが、




多くの人は

経験的に知っている。




そのような環境の変化が

アルツハイマーの引き金になっていることを。




で、




色々な人の意見を聞くと、




脳の器質的変化自体は、

仕事をしていようがしていまいが

固体の体内で進行している。




つまり、

アルツハイマーになる特性を持っている人は

どういう状況であれ

加齢と共に

脳はハイリスクな状態に変化しているのだ。




ところが、




高齢になっても仕事を続け緊張感を維持している人

あるいは、

趣味や運動等で脳を活性化させている人は、




その活性化によって、

脳の器質的変化を

補っているということらしい。




脳は萎縮しているが、

認知症は発症していない。





という状態らしい。




で、




その緊張や良い生活習慣が失われると、

脳の補償機能がなくなり、

一気に症状が現れ進行するというのだ。




これは風邪に例え、

脳の器質的変化=ウイルス

脳の補償機能=免疫

と置き換えると分かりやすい。




体内にウイルスが侵入しても

免疫が強ければ

風邪が発症しないのと同じ理屈である。




ただし、




風邪と違って、

アルツハイマーをはじめとする認知症がやっかいなのは、

一度発症すると最後、

元には戻れないということだ。




というわけで、




年をとっても

老人ホームに入っても

脳を活性化させるような日常

ってのが大事だという話でした。




☆本日の結論
「スリリングな老後をお勧めします。」

先日、

とある方との会話の中で、




認知症の高齢者でも

行動を学習することができる。





ということを聞き、




なんとなく分かったような分からないような感じで、

その後、いろいろと調べてみました。




すると、




それは手続き記憶だということが分かりました。




長期記憶には、

宣言記憶と手続き記憶があり、




宣言記憶の中には、

出来事を覚えるエピソード記憶

名前や言葉の意味を覚える意味記憶がありますが、




これは、

アルツハイマーの初期の症状、

つまり海馬の萎縮と共に

失われていきます。




ところが、




料理のやり方

ダンスの踊り方

自転車の乗り方

歯の磨き方

等の身体で覚えて無意識でやっていること

つまり、手続き記憶は、

アルツハイマーの初期の段階でも忘れにくいのです。




てか、




新たに学習できる可能性があるのです。




なので、




施設に入居して、

自分の部屋のトイレに行く

といった動きを繰り返すと

学習して無意識でも出来るようになるかも

ということなのです。




但し、

脳の萎縮が進み、

例えば服が着れないといった

今まで出来ていた手続き記憶が忘れられる段階になると、

当然、新たな学習も難しくなるでしょう。




というわけで、




宣言記憶を忘れている程度の

アルツハイマー初期の段階においては、

何事も諦めずにチャレンジしましょう!

というお話でした。




☆本日の結論
「長年培ってきた手続き記憶は、かなりしぶとく残る。」

アメリカでアルツハイマーの研究として、

シスターをサンプルにしたものがあります。




詳しくは、

「シスター アルツハイマー」とか

「100歳の美しい脳」 

とかでググッてみてください。




この研究ではいろんな成果があったのですが、




最も興味深いのは、




死亡後に脳を解剖してみると、

明らかにアルツハイマー末期の状態にもかかわらず、

生前にそのような傾向が全くみられなかった

というシスターがいたことです。




また、それは

その人だけでなく、

似たようなパターンの人が

そこそこの割合でいたのです。




これは、

少なくとも

脳の萎縮=認知症の発症

ではないことを証明しています。




ポイントは、

①常に脳を活性化させておくこと。

②脳の様々な部位を活性化させておくこと。

です。




特に②に関しては、

脳の特定の部位で司るある認知機能が衰えても、

脳の別の部位がそれを補う働きをしてくれるらいしです。




そのためには、

脳全体をくまなく活性化させ、

部位間のつながりを強くさせるような

ことが条件になります。




話せば長くなるので、

今日はおしまい。




☆本日の結論
「憂鬱な月曜日を!」

昨日テレビで、

脳の活性化についてやっていました。




大脳皮質(大脳新皮質+大脳辺縁系)には

ニューロン(脳の神経細胞)が

平均140億個あるらしい。




それぞれのニューロンは

シナプスでつながっていて、

そのつながりが脳の活性化になっているらしい。




ちなみにシナプスの数は

1ニューロンにつき8千ほどあるらしい。




20歳を過ぎると、

ニューロンは毎日何万個も減っていくらしい。




大人になると

ニューロンは減ることはあっても

増えることはないらしい。




というのが

定説だったけど、

ニューロン新生説というのもあるが

それが一般的かどうかは不明らしい。




で、




仮にニューロンの数が減ったとしても、

シナプスが活性化すれば、

脳の働きは衰えないらしい。




それには、

「ひらめき」が重要で、




・何かを思い出す。

・ある物とある出来事をつなげる。

・ある物を何かに例える。

というように、

ニューロン同士のつながり=シナプスを開拓&強化するような

頭の使い方が有効らしい。




また、

ピアニストのように、

指先をよく動かす人は、

シナプスが活性化するらしい。




ということでした。




認知症が原因の脳の器質的変化(萎縮)によって、

ニューロンの数が激減しても、

シナプスが活性化しておれば、

生き残ったニューロンによる補償効果が生まれ、

認知症の症状は発生しない。

という考えと同じですね。




何も考えず、感動することもなく、ボーっと過ごして、

身体も指先も使わない生活を送ると、

脳の萎縮が進むがまま、

認知症の症状が進んでいく


ということです。




特養関係者の皆さん、

注意しましょう。




続きは次回。




☆本日の結論
「メール世代は認知症になりにくいのか!?」

認知症ということをテーマに

以下の事例を考えてみます。




長年家で一人暮らしをしていて

社交性もそれほどなかったけど、

今までは何の問題なかった人に、

最近になって、

認知症の傾向が見られるようになりました。




こういうケースでは

二つの問題解決方法が提案されがちです。




(提案その1)

今までやってこれたのだから、

これからも今までの生活を大切にする方法。




(提案その2)

このままではマズイ!

デイサービスに行って刺激を!という方法。





提案その1のメリット

・本人にとってストレスがない。

・一人暮らしという緊張感が維持できる。

・手続き記憶により家での動きは維持されやすい。




提案その1のデメリット

・今ままでの生活では脳の活性が弱く、

 そのため認知症が発生した可能性がある。

 よって、現状維持では認知症が順調に進んでしまうかも。




提案その2のメリット

・新たな刺激により、脳が活性化し、

 認知症の進行を遅らせることができるかも。

・デイをきっかけに社会や行動範囲が広がり、

 さらに脳が活性化する傾向になるかも。




提案その2のデメリット

・本人にその気がなければ、ストレスがかかるかも。

・世話をされる経験により、依存的になるかも。

・サービスの質によっては、今まで以上に脳が活性化しない

 可能性がある。




支援者はこれらのことを整理した上で、

利用者の特性や社会資源の状況を考慮し、

ベストな選択をし、

特にデメリットの部分に注意しながら

モニターしていきます。




こういうことは

ゴチャ混ぜになって議論されがちなので、

最近の記事をベースにまとめてみました。




☆本日の結論
「デイサービスで熱心にクラフトを作っている人は確かにボケてない。」

目の前の認知症のお年寄りが

帰宅願望を訴えて来たり、

苛立ちや攻撃性を表現してきた時、




多くの介護職員は、

「どのように対処すべきか」

を第一に考えるでしょう。

てか、それしか考えられないでしょう。




その結果、

この二人は、

お互いの利益がぶつかる対立構造となってしまい、

利用者が頑なに主張し続けるか、

職員が上手く丸め込むか

といった争いになります。




でもって、

当然のことながら、

上手く丸め込む職員は有能とされます。




まあ、

それはそれで良いとして、




重要なのは、

それでお終いにならないことですね。




それだけだと、

介護の仕事はテクニック論に終始してしまい、

「福祉」の部分が失われてしまいます。




なので、

一日の振り返りの時にでも、

その時のその利用者の訴えの背景にあった

つらさ、悲しみ、不安等

に皆で思いを馳せてみるのです。




その利用者の思いを、

皆で汲み取って理解しようとするのです。




こういった検討が、

ケース検討会の時だけでなく、

日々実行できる職場では、

良い人材が育つと思います。

また、やりがいも感じると思います。




なお、

上級者になると、

目の前の利用者が訴えてきている最中においても、

現実的な対処方法を考えつつ、

相手の思いを純粋に理解しようとする姿勢を

持つことができます。




これはもう、

幽体離脱したもう一人の職員の思考が、

もう一つの目でその状況を見ているようなものであり、

教えてできるものではないですが、

できる人もいるのです。




おしまい。




☆本日の結論
「初級~中級者は二人一組でのぞみましょう。」

先日、法人内勉強会において、

「アンガ-マネジメント」をテーマに、

某介護スタッフが発表しました。




その中に、

怒りは2次感情であり、

背景には1次感情があり、




1次感情は、

不安、痛み、寂しさ、心配、落胆、傷付き

等であるとの説明がありました。




この考えはアドラー心理学が元祖であり、

主にカウンセリングの場で活用されていると思いますが、

介護や保育の現場でも大いに役立ちます。




まさに前回のブログで書いたような場面において、

利用者の怒りをこの理論に基づいて解釈するわけです。




そして、

場合によってはスタッフ間の理解にとどまらず、

リアルタイムで利用者に解釈の言葉を返してみるのです。




「帰る!」

とやや興奮気味に言う利用者に対して、

「帰りたいんですね」

という共感的理解を返すのも、

まあまあのレベルですが、




(多くのスタッフは、

いきなり帰れない説明を始めるか、

いきなり気を逸らす方向に持っていこうとするので…)




「やはりおうちの奥さんのことが心配なんですね」

「腰の痛みが増してきましたか?」

等、背景にある1次感情を言語化して

共感的理解を試みるのはかなりのレベルです。




かなりのレベルと書いたのは、

単に知性が求められるだけではなく、

ハイリスクでもあるからです。




特に、

怒りがAというスタッフに向かっている場合に、

Aがその解釈をしてしまうのは危険極まりない試みであり、

対立構造をさらに深める確立が高いです。




また、

解釈の内容が

触れてほしくないその方の弱さに結びつくようなものであれば、

到底受け入れは困難であり、

さらに興奮は増すでしょう。




よって、

解釈の内容は、

その方のプライドが損なわれない、

むしろプライドがくすぐられるようなもの

がベターです。




そういった内容であれば、

本来の感情と異なっていても有効かもしれません。




ただ、

好奇心旺盛なベテラン介護士ならば、

明らかに対決の構造になり、

相手がさらに興奮することを承知で、

思い切って核心にせまってみるのも面白いと思います。




もしかしたら、

その利用者の新しい世界が垣間見えるかも、

あるいは、2人の間に新たな関係が生まれるかも

しれません。




対応に行き詰ったケースにおいて、

一か八かの策としてご検討ください。




☆本日の結論
「実践は自己責任で。」

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