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元気の子

Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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先日、ふとテレビをみていたら、とあるヨーロッパの国の様子が映っていました。

そこには昼間から草原にカップルが寝転がっていたり、

通りのカフェでワインを飲んでいるヨーロピアンの姿がありました。

それらの様子はすごく優雅で自然に見えました。




もし、日本で同じ光景を目にしたらどう思うでしょう?

昼間から寝ている若者はニート?

路上で酒を飲んでいるのはアル中?

となってしまうと思います。




これは明らかに文化の違いですね。

多分、ヨーロッパの人々は、「何もしなくても良い状況」こそが最も贅沢な姿だと思っているに違いないです。

仕事なんてしないにこしたことはない、という考えです。

朝から晩までのんびりして、

旨いものを食べて、音楽を聴いて、読書をして、演劇を聞いて、絵を描いて、恋をして、ワインを飲んでいる日々に満足するのです。きっと。

ヨーロッパの貴族は昔から暇つぶしのネタを考えるのが仕事でした。(だってずっと暇だもの)

だから、絵画を眺めては、それについて語ったりするのです。

その結果、感性だけはとても進化しています。




さて、一方の日本人ですが、

確かにそのような生活に憧れをもつという側面はあるでしょうが、

仮にそのような生活をしたとしても、

一週間もしないうちにソワソワしてくるような気がします。

そんな退屈な生活に耐えられなくなるのです。

昼間からワインを飲んでくつろぐ日々、

大好きな音楽を聴きながら日向ぼっこする日々、

絵画を眺めるだけで時が過ぎるような日々、なんてあり得ないでしょう。

こんなことしていていいのか?

自分は生きている価値があるのか?

と、罪悪感や達成感のなさから、だんだんと情緒不安定になっていくでしょう。

で、仕事家事をすると落ち着くのです(笑)。




非常に不適切な言い方をすると、こんなに奴隷に適した民族はいないと思います。

だって、皆喜んで働くのですから。

その理由は民族の歴史からなるDNAの変化や教育の在り方など様々でしょうが、

今となっては、これはもう日本人の性(さが)としか言いようがないですね。

こういう私もコテコテの日本人なので、これはもうどうしようもないです。




とりあえず、ヨーロッパと日本ではそのような文化とDNAの違いがあるということをご理解いただきたいです。




ここからが本題です。




よく日本の熱心な介護士が認知症高齢者の介護について学ぶために、

北欧とかに行ったりしますね。

で、グループホームとかに見学に行きますね。

で、自分の名前も分からないような認知症高齢者が、

すごく穏やかな表情で好きな音楽を聴きながら、

ロッキングチェアに揺られている光景とかを見て、

カルチャーショックを受けるわけですよ。

で、「これぞ最先端の介護だ!」と開眼するわけですよ。

で、「これを日本でもやるべきだ!」と決意して帰国するわけですよ。

で、どの日本の老人も、結局そのような過ごし方をしてくれなくて

仮にしてくれたとしても、北欧で見た光景とは比べ物にならないくらい、

絵にならない」のです。

そこで、「あれ?何が違うの?」となるのです。





文化とDNAが違うのです。

それはわざわざグループホームまで行って認知症高齢者の姿を見るまでもなく、

ヨーロッパの街でうろついている若者の姿を見ても分かることです。

生き物として、価値観も考え方もライフスタイルもまるで違います。

だから、北欧直輸入ケアは、日本の老人には受け入れられないのです。




日本の老人が求めているのは、退屈な時間ではなく「役割」です。

だから、せかせかと仕事をしているときが、一番落ち着きます。

その仕事が充実感をもたらし、生きがいになります。

だから認知症になっても、

男性は出勤しようとするし、女性は家事や子育てを求めるのです。

それは、そのような重要な役割を担っていた自分が好きだからです。

自らの存在価値をそこに見出しているからです。




よって、日本人は何もできなくなった自分というものに対する失望もひときわ大きく、

時として、そのショックが認知症の引き金となります。




ヨーロッパ人は、仮に仕事ができなくなっても、

最初からそこには依存していないのでショックは小さく、

じゃあ、余生は思う存分趣味のことでもして楽しもうか、となるのです。

また、昔からボケーと過ごすことに慣れているので、

何も出来なくなってボケーとしていたとしても、

むしろその状況を余裕を持って楽しむことが出来るのです。

音楽とコーヒーだけで一日有意義に過ごせてしまいます。

日本だと、デイサービスとかでも常に何かプログラムがないと落ち着かないのに(笑)。




そう考えると、日本人は認知症になりやすいく、

なった後も情緒不安的になりやすいという厄介な民族ですね。

でも、悪いことばかりではありません。

そんな仕事命の日本人だからこそ、有効なケアの形というものがあります。

そう、大好きな仕事をしてもらうのです。

身体障害や認知症があっても、

その方の能力を生かせるような、

その方がやりがいをもって取り組んでくれそうな仕事を見つけることができれば、

認知症の心理的な問題は随分と改善するでしょう。





例えば老人ホームの中で、

そういった老人の仕事を利用して、スタッフの労働を軽減させる方法論が、

以前のブログで私が書いていた

老人の生産性向上の取り組み

であり、

少数スタッフ論のコアの部分であります。





この方法論は、老人ホーム内だけでなく、

家庭や地域においても同じように活用できます。

とくに地域においてはすさまじい効果を発揮することができます。

それらについては、またの機会に書きたいと思います。




本日の結論☆
「冒頭のタイトル、正しくは『北欧のケアを日本の老人に当てはめようとしても上手くいかないわけ』だね。」

麻生太郎さんの発言がまたまた物議を醸しています。

麻生さんの問題発言に関するブログ

まさに炎上総理の面目躍如ですね。



問題視されている発言は、

「今の高齢者は働くことしか才能がない。」

「80(歳)過ぎて遊びを覚えても遅い。」


というものですが、

実はコレ、まともにマニア学科の主張とかぶっています。



麻生さんは炎上して、

マニア学科は炎上しなかったということは、

きっと国語力の差なのでしょう(笑)。



せっかくの機会なので、

本日はこのことをテーマに書きます。




麻生さんが炎上したのは、

高齢者の老体に鞭うって無理やり働かせて納税させる

という奴隷思想をイメージさせてしまったからです。




「遊び」発言にしても、

言ってる本人が遊び放題のお坊ちゃまなので、

庶民にしてみれば、

上から目線で嫌味を言っている

ようにしか思えないのでしょう。




なので、

もし麻生さんがタイムマシーンに乗って、過去に戻って

もう一度、日本青年会議所のメンバーの前で発言するなら、

以下のように言うべきです。




「今、日本は超少子高齢化社会である。

なので、多くの高齢者が生きがいをもって、

健康に暮らすとことが出来るか?ということが、

今後の日本の大きなテーマになってくる。




では生きがいを持って健康的に暮らすためには

何が必要なのか?

もちろん、年金や医療・介護の社会保障がしっかり

していなければいけない。私もその努力はする。




だが、もっと大事なことがある。

それは、高齢者が必要とされる社会を作ることだ。

もしかすると君たち若者の中には高齢者を

お荷物のように感じている人がいるかもしれないが、

それは絶対に間違っている。




なぜなら、65歳以上の高齢者の8割は介護を必要と

しておらず、しかも、そのほとんどがまだまだ現役で

仕事をこなせるだけのエネルギーを持っている。

今の君たち以上のポテンシャルを持っている

高齢者も少なくないんだぞ。




問題は、そういった高齢者が生きがいを持って

無理なく働くことが出来る環境が非常に少ないということだ。

ここは大事な部分だからもう一度言うよ。

高齢者の仕事の位置づけは、

あくまで無理のない程度に楽しんで行う

というものでなければいけないんだよ。


君たちのような生産世代はそういうわけにはいかない

かもしれないが、高齢者の仕事とはそうあるべきだと思う。




しかも、仕事をするということは、

それが自らの評価やプライドにつながって

生きがいになるだけでなく、

頭も身体も使うので健康維持にもってこいなのだ。

介護予防としても最高なんだよ。

結果的に医療・介護に必要以上に頼ることもなくなる。




さらに、お給料を稼げば、経済も活性化するし、

ほんの少しずつでも税金を納めてもらえれば、

君たちの負担も軽くなるし、その収入をベースに

さらに充実した社会保障制度を予算化することもできる。




もちろん、老後は趣味のことをして

のんびり過ごしたいという方はそれでいいと思う。




しかし、もしそのように気楽に働ける場所があれば、

働きたくてウズウズしてくる人も多いのではないか?

君たちも色々な遊びをしてきただろうが、それらの中に

楽しい仕事以上の満足を得るものはなかなかなかっただろう。

もちろん私もだ(笑)。




そして、

今の高齢者は特にその傾向が強いのではないかと思う。

なんせ戦後の日本を作りあげた人たちだからな、

君たちとはパワーが違うよ(笑)。




とにかく、今後の日本のテーマは、

高齢者の活躍の場を創り出し、

生き生き元気に過ごしてもらうこと。


君たちもぜひそういう発想を持って、

良いアイデアを出してもらいたい!

もちろん私も再び政権を与えられるならば、

ライフワークとして取り組んでいきたい。




豊かで元気な長寿社会ニッポンを

世界に見せつけてやろうではないか!





えらい長くなりました。

でも、これくらい言わないと確実に誤解を与えます。




ポイントは、

・高齢者の仕事は気軽で楽しくあるべき。

・それが生きがいになること。

・介護予防にもなること。

・結果的にそのことが日本の問題を解決すること。

・遊びよりも仕事に生きがいを見出す人が多いこと。

・よって、高齢者を活性化させる社会の構築が必要であること。


ですね。




これを本筋に論を組み立てれば、

誤解を与えることもないでしょう。




でも、どういう言い方をしたところで、

有権者の多くが高齢者ということを考えると、

選挙前の演説のテーマとしてはリスキー過ぎます。

麻生さんの根本的なミスはそこですね。




☆本日の結論
「麻生さんフォローをしているわけではないよ。」

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