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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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少し前のことですが、

とあるイベントの手伝いに行ってきました。




手伝いを要請されるくらいなので、

さぞかし忙しいのかと思いきや、




人が多くいる割には

特にやることもなく、

という状況でした。




このとき

周囲に気楽に話が出来る知り合いでもいれば、

暇もまぎれるのですが、




話し相手はいないわ、

役割はないわ

という状況だったので、

かなり情緒不安的になりました。




つまり居場所がないのです。




こういう場所で、

一人何もしなくてボーっとしている

というのは非常に居心地が悪いものです。




その思いは、

周囲の方々も同じらしく、

皆さんの行動パターンは二つに分かれました。




まず、

少しでも知り合いがいる方々は、

ひたすら固まって無駄話をしていました。




次に、

知り合いがいない方

あるいは話が好きでない方は

ひたすら役割を見つけようとしていました。




元々、

必要な役割というもの自体がないわけですから、

彼らの見つけた作業は

やってもやらなくてもどっちでもいい

しょうもないものになります。




大勢がよってたかって、

ああでもない、こうでもない

と言いながら延々と無駄な作業をしていました。




彼らにとっては、

その作業自体に意味はなく、

単にそれをすることによって

自らの居場所を確保しているだけなのです。








介護現場でも同じですね。








必要以上にスタッフがいると、

①スタッフ同士で私語をする

②無駄な仕事を増やす(仕事の効率を悪くさせる)


のどちらかです。




①が発生することによって、

利用者への注意力が低下し、

事故の可能性が高くなります。




②が発生することによって、

利用者への過剰介護が増えます。

例えば必要以上に車椅子を押したります。




さらに、

利用者の役割をスタッフが奪ってしまいます。

代表的なのがコップ洗いでしょうか。




スタッフが自分の居場所を確保するために、

利用者の役割を奪うという構造です。





このことからも、

現場に必要以上のスタッフを配置することの

デメリットは明らかですね。




また、

逆に考えれば、

環境に不慣れな利用者に

安心していきいきと過ごしてもらいたいなら、

話相手か役割を用意する必要がある

ということですね。




ちなみに、

そのとき私がとった行動は、

携帯電話で深刻な話をしている振りをする

(実は友達と何気ない話をしていた)

という苦し紛れなものでした。




介護現場で例えると、

必死で記録を書いている振りをする

ってな感じでしょうか。




☆本日の結論
「可能であれば、帰るのが一番。」

最近、何かと雑貨屋に行くことが多いわけで、

でもって、商品をラッピングしてもらうことが

多いわけで、




いつも思うんだけど、

雑貨屋の店員は動きがトロいから

結構待たされるんだよね。




なぜ、彼女らの動きがトロいかというと、

雑貨屋的なキャラの持ち主が

店員として採用されているからだと思う。




雑貨屋的なキャラ…

笑顔は素敵だが、動きはふわふわ

って感じ。




そのふわふわ感が

雑貨屋にマッチしているのだが、

とにかく彼女らは動きにキレがないわけで、




私はいつも待たされる。




でも、どんなに待たされても、

最終的にクレームを言ったことはないのである。




なぜなら、彼女らは愛想が良いから。




「しょうがないか」




って思っちゃうのだ。




介護施設のクレームも

基本的には同じ構造です。



ナースコールへの反応が遅い

食事が出るのが遅い

部屋が汚い

お茶が出てない




クレームには、

このように大小色々あるわけですが、




例えば、

ナースコールに呼ばれて、

結構待たせてしまったときでも、




居室に行っての第一声を




「申し訳ございませんでした




と、

泣きそうな顔で

振り絞った声で言ったなら、




それ以上強くクレームになるケースは

珍しいでしょう。




逆に、




「私だって忙しいんですけど




みたいな態度がチラっとでも見え隠れすると




即、大きなクレームとなります。




問題は、

待たせてしまったことではなくて、

態度の問題なのです。





スタッフの態度が悪ければ、

コールに来るのが遅い!

飯がまずい!

介助が痛い!

と、

全てのことがクレームになります。




いくらコールに早く反応しても、

美味い飯を出しても、

上手に介助しても、

スタッフの態度を改善しない限り

クレームはなくなりません。





なので、

クレームが発生したときは、

まずはそのときのスタッフの態度を

確認してみましょう。





私の経験上、

クレームの87%はそこが要因になっています。




そういう意味でも、

技術を教える前に

接客態度から教える方が

大事だったりするわけです。




☆本日の結論
「それが分かっていれば、『さきほどの私の態度も失礼で…』と的を得た謝罪ができる。」
ラオウのトランスファーは、

力づくで相手を持ち上げる。




トキのトランスファーは

触るか触らないかのタッチで相手を立たせる。








ラオウの食事介助は

有無を言わせず食べ物を口腔内に放り込む。




トキの食事介助は

決して無理強いせず相手の意欲を引き出す。








ラオウの排泄ケアは

ムン!と腹圧をかけて無理やり出す。




トキの排泄ケアは

自分の存在を消し、副交感神経優位の状態を生み出す。








ラオウは同時に7つの車椅子を押す。




トキは車椅子を調整し、丁寧に自走の方法を教える。








ラオウの夜勤時は誰もコールを押さない。




トキの夜勤時は皆夜遅くまで食堂に集まって話をする。








ラオウは決して記録を書かない。

全て部下に書かせる。




トキは利用者の繊細な言動を記録に残す。








ラオウは言うことを聞かない部下を睨みつける。




トキは部下の心に問いかける。








決してラオウを家族に会わせてはいけない。




トキは家族との窓口になっている。








ラオウは毎年必ず給与で揉める。




トキはボランティアでも良いと言う。








ターミナルの時、

ラオウは利用者に死兆星が見えたかどうか聞く。




トキは身体に優しいポジショニングで痛みを和らげる。








一般的な介護職のイメージは明らかにトキなのですが、

現実は圧倒的にラオウ型が多いように思います。




もはや「力が全て」の時代なのでしょうか?




☆本日の結論
「トキの、相手の力を利用する技を見習うべし。」

介護の仕事はホット&クールが必要だと

最近どこかのブログに書いているのを読みました。




現場ではハートウォーミングな態度で利用者に接して、

頭の中は問題解決に向けてクールに働かす。




これが理想です。




でも、

多くの人がどちらかなんですよね。




前々回のブログにも書きましたが、




愛想があればキレがない。

キレがあれば愛想がない。




と、なりがちです。




だからこそ、

チームプレイが大事なわけで、




ホームランは打つけど足は遅い

足は速いけどパワーがない

そういうメンバーを上手く生かして

強いチームを作りましょう。




ところで、




介護の現場には

ホット&クール以上に大事な要素があります。




それが、

スピーディー&スロウリィ

です




ルーティンワーク業務

記録

ホウレンソウ

引継ぎ

状況判断

整理整頓




これらの動きは

スピーディーに行うべきです。




そして、

利用者とのコミュニケーション

利用者への説明

利用者への介助

についてはスロウリィに行うべきです。




前者の業務をテキパキとスピーディーに行うことが

出来れば出来るほど、

後者をスロウリィに丁寧に行う余裕が生まれます。




優秀だと言われる介護スタッフは、

この使い分けがきっちりと出来ています。




逆に、

一般業務がスロウリィで

コミュニケーションや介助がスピーディーなスタッフは

かなり痛いと言えます。




さらには、

仕事全般がスロウリィなのに、

飯を食べる時や帰宅するときだけ

ハイパースピーディー!

という方も時々お見かけします。




かつて中日ドラゴンズのエースだった今中慎二の投球術

(140㎞超のストレートと100kmのスローカーブ)

のようなメリハリのある仕事術を

身につけたいものです。







☆本日の結論
「言うは易し、行なうは難し。」
先日、施設見学に行ってきました。

スーパーストロングPTがいる老人保健施設です。




おかげさまで、

今回の見学を通じて

老人介護分野におけるPTの価値

老健の役割と意義

リハビリの目的と効果


等など、

自分の中で今まで曖昧だった部分

あるいは未知の部分が

すっきりと整理整頓されました。




さて、

例によって、

それらのことをブログにアウトプットしようかな

と思ったわけですが…




言語化できない!




いや、正確には、




文章化できない!




ということになってしまいました。




なので、

この件については、

音声のみでお伝えさせていただきます。




見学させていただいた施設の皆様

本当にありがとうございます。




☆本日の結論
「言葉のニュアンスって大事なんですよねぇ。」

仮に利用者の名前を山田さんとしましょう。




「山田さん、すみません、今いいですか?」




「ああ、いいよ」




「今日は体調とかはいかがですか?」




「いいよ」




「それは良かったですぅ」




「実は、いつもいつもで申し訳ないんですけど、

山田さんに是非お願いしたいことがありまして…」





「何?」




「すみません。あの~

昼までにこのタオルを畳まないといけないんですけど、

少しでも協力していただければと思いまして…」





「いいよ。それくらい」




「本当ですか!?ありがとうございます!

いつも山田さんには無理ばっかりお願いして、

本当に申し訳ないです。」





「そんなことないよ。それくらいのこと」





「そう言っていただけると、本当にうれしいです。

じゃあ、今日もお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」





「いいよ。いいよ」




「もう、無理はなさならくてもいいんで、

できる範囲でお願いします。」





「分かったよ。これだけやればいいんだね」




「はい。山田さんにはいつもお世話になりっぱなしで、

本当に助かります。」





「まあまあ、それはお互い様でしょ。」




「ありがとうございます!

じゃあ、無理のない程度でお願いします





「あいよ」




作業終了。




「わあ!山田さん、ありがとうございます。」





「お安い御用よ」




「いや、今日もすごく丁寧にしてくださって、

いつも感心します。」





「またまた」





「本当ですよ。スタッフも皆言ってますから。

山田さんのおかげで大助かりだって」





「よく言うわよ」




「本当ですって。もう山田さんがあっての私たちですから

本当にありがとうございます。」





「また、なんかあったら言ってくれればいいからね」




「本当ですか?うわぁ、助かります。

じゃあ、また困ったときは頼ってきますんで、

そのときはよろしくお願いします」





「あいよ」




「じゃあ、失礼します。

ありがとうございました!」





たかがタオル畳みという作業をお願いするにしても、

その前後で毎回最低でもこれくらいの声かけをしましょう。




特に、いつも気前よくやってくださる方に対して、

当たり前のようにお願いしないように注意しましょう。




それが出来ないのなら、

利用者に仕事を頼むという取り組み自体

しない方が良いです。





☆本日の結論
「仕事そのものよりも、このようなコミュニケーションに価値があると心得るべし」

今日、歯医者の待合室で、

「ゲーテ」(7月号)という雑誌を読みしました。




最近、こういう状況でしか

書物を読む機会がないので

思わず本気読みしてしまいました。




その中で、

あの京セラの稲盛和夫さんと

滝川クリスエス…

じゃなかった

滝川クリステルさんの対談がありました。

(競馬ファン限定のボケですみません)




今さら稲盛さんから目新しい言葉は出ないだろう

と思いながら読んでいると、

以下のような一文がありました。




滝川:稲盛さんはリーダーの条件をどのように考えていますか?



稲盛:リーダーはね、利己的な人物ではダメなんです。

   リーダーが利己的だと、組織はとんでもない方向に行ってしまう。





この全く目新しくない言葉に、

私は深く感銘を受けました。




リーダーというのは、

常に、

お客様のため

会社の理念の実現のため

組織が上手く機能するため


に物事を判断していかないといけない

ってことだと解釈しました。




特にお客さんからの圧力が弱い介護業界においては、

リーダーは利己的になってしまう傾向にあります。




「利用者のため」

と言いながら、

常に自分の都合の良い形に持っていこうとする。




「理念のため」

と言いながら、

全く理念を理解していない。




「組織のため」

と言いながら、

実は自分が一番美味しい思いをしようとする。




そういうパターンが非常に多いです。




そういう人をリーダーにしてしまうと、

自分勝手なサービス

好き嫌いが根拠の人事考課

手柄は全て自分のもの

気に入らない部下の批判をアピール

他部署とモメまくる

自分中心の勤務表


といったもののオンパレードになってしまい、




そして、

部下はそのリーダーの利己を満たすことしか考えなくなります。

つまりは、単なるご機嫌取りに成り下がります。




僭越ながら私も、

知らず知らずの内にリーダーの適正を

その部分で判断していたような気がしますが、

この本のお陰でそれがさらに顕在化されました。




ちなみにWikipediaでは、

利己主義のことを

「自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方」

と説明してありました。




この超ストレートな説明が

これまたヒットしました。




私は二十代の頃から経営書を読みまくっていたはずなんですが、

このシンプルな教えをきちんと理解出来ていなかったようです。




そういう意味では、

読書ってのも考えものですねぇ(なんじゃそりゃ)




☆本日の結論
「介護業界においては、リーダーでなくても利己主義は困ります。」

いつか観てやろうと思いつつ

随分と月日が流れてしまった。




先日そんな映画を2本まとめて観ました。




2本とも北野たけし映画です。




「キッズ・リターン」



「菊次郎の夏」



では採点します。




「キッズ・リターン」

脚本      9

演出      6 

演技      5

音楽      4




「菊次郎の夏

脚本      3

演出      4 

演技      6

音楽 530000




だって、コレなんだもん。







こんな曲がずっと流れていたら、

どんな映像でも良い映画に思えるって。




しかも、この曲は3度変身します(笑)




ちなみに一番印象に残っているシーンは、

菊次郎(たけし)が焼き鳥をほおばりながら、

焼き鳥屋のオヤジにクレームを言っているところです。




「なんだ、この鳥は!固ーじゃねーか!

 ふざけんなよ!コノヤロー!」





って感じで。




冷静に考えたら、

こんな客あり得ねーだろ、

ってところが衝撃でした。




でも、

死ぬまでに一度は言ってみたいセリフでもあります。




他にも菊次郎の衝撃的な行動

(リアリティさの中でのあり得なさ)

を楽しめるのがこの映画の魅力です。




是非ともご覧ください。




☆本日の結論
「気になるその焼き鳥屋はココです。」

ズバリ!

映画史上最も音楽戦闘力が高い映画はコレです。




この映画は他にもコレが。




ラストにもかかっていたコレも最高!




この作曲家のエンリオ・モニコーネは凄いです。




でも、もっと凄いのは

ニーノ・ロータとジョン・ウイリアムズです。




巨匠ニーノ・ロータ

何といってもコレ




個人的にこの映画で好きなBGMはコレ




でも、この季節になるとやっぱりコレ




そして、

怪物ジョン・ウイリアムズは、




まずはコレ

ついでにコレ




でもって他にも超有名なコレ




もちろんコレも。




そうそう、コレも。




え?コレも。




ちょっと待ってよ、コレも?




マジ?コレも?




うそ!コレも?




昨日の記事で紹介した日本最強の久石譲も、

彼らにはさすがに負けてしまいます。




ジョン・ウイリアムズなんか

競争馬だったらG1を20勝くらいしています。




勝負したら10馬身くらいちぎられるかもしれません。




やはり世界の壁は厚い!




☆本日の結論
「タイタニックは音楽のみの映画です。」


6/14の記事の解説です。




「山田さん、すみません、今いいですか?」

→いきなり本題に入らず、まずは常識的なお伺いから入る。

 介護スタッフにはこの常識が欠如している場合が非常に多く、

 いきなり、「トイレ行きましょう!」と言ったりしている。

 そういう失礼な声かけは当然、拒否や不穏の原因にもなる。





「ああ、いいよ」




「今日は体調とかはいかがですか?」

→仕事を依頼する前に、

 まずは体調や気分を伺うのも常識としたい。

 もちろん、しんどいときは依頼してはいけない。

 今後のモチベーションに悪影響をもたらします。

 
 また通所施設の場合、ここで、

 「今日もご利用ありがとうございます。」

 と入れても良い。





「いいよ」




「それは良かったですぅ」




「実は、いつもいつもで申し訳ないんですけど、

山田さんに是非お願いしたいことがありまして…」


→ここでも、まだ本題には入らず、

 さらにワンクッション入れる。

 そういった丁寧さで相手の存在を尊重する。





「何?」




「すみません。あの~

昼までにこのタオルを畳まないといけないんですけど、

少しでも協力していただければと思いまして…」


→仕事を依頼するときは、

 必ずその方に頼む理由と必然を説明すること。

 「とりあえずやっといて下さい」的な依頼

 あるいは「誰でもいい」的な依頼は、

 利用者の自尊心を傷つけてしまいます。





「いいよ。それくらい」




「本当ですか!?ありがとうございます!

いつも山田さんには無理ばっかりお願いして、

本当に申し訳ないです。」


相手がOKしてくれたら、

 まずは感謝感激をしっかりとアピールする。


 OKしてくれるのが当たり前と思ってはいけないのだ。





「そんなことないよ。それくらいのこと」




「そう言っていただけると、本当にうれしいです。

じゃあ、今日もお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」


→もし、相手が謙虚な言葉を言ってくれたら、

 それをさらに上回る謙虚さを示す必要がある。





「いいよ。いいよ」




「もう、無理はなさならくてもいいんで、

できる範囲でお願いします。」


→念のため、この言葉はかならず添えたい。

 この仕事は決して無理強いではなく、

 本人の意思でいくらでも調整できるということを

 しっかりと伝えておく。





「分かったよ。これだけやればいいんだね」




「はい。山田さんにはいつもお世話になりっぱなしで、

本当に助かります。」


→「スタッフが助かる」というキーワードは大事。

 利用者が「スタッフに与える」感覚を持ってもらいたい。

 いつも与えてもらうことの多い利用者なら、なおさら。





「まあまあ、それはお互い様でしょ。」




「ありがとうございます!

じゃあ、無理のない程度でお願いします」


→最後まで丁寧に。




「あいよ」




作業終了。




「わあ!山田さん、ありがとうございます。」

→ここでも、しっかりと感謝感激の感情を爆発させる。

 利用者は、スタッフのこの反応を楽しみに待っている場合が多い。





「お安い御用よ」




「いや、今日もすごく丁寧にしてくださって、

いつも感心します。」


→必ず仕事の内容を褒める。

 特に利用者がこだわって頑張ってくれているところは

 絶対にスルーしてはいけない。





「またまた」




「本当ですよ。スタッフも皆言ってますから。

山田さんのおかげで大助かりだって」


→自分だけでなく他のスタッフの感謝もしっかり代弁すること。

 このことで利用者の価値をぐっと上げることが出来る。

 
 通所施設の場合、

 「山田さんが来られる日は皆助かるって言ってます。」

 と言っても良い。





「よく言うわよ」




「本当ですって。もう山田さんがあっての私たちですから

本当にありがとうございます。」


→相手が謙遜しても、堂々と畳み掛けていきましょう。

 利用者は自分たちの価値を半信半疑に思っています。

 スタッフの強いアピールでそれを確信に変えましょう。





「また、なんかあったら言ってくれればいいからね」




「本当ですか?うわぁ、助かります。

じゃあ、また困ったときは頼ってきますんで、

そのときはよろしくお願いします」


→次回の仕事の依頼につなげつつ、

 さらに利用者の価値を高める。





「あいよ」




「じゃあ、失礼します。

ありがとうございました!」


→最後の言葉は、最大級の感謝の気持ちを込めて、

 やや大きな声で、気持ちよく言い切る。





これだけポイントを押さえておけば、

利用者は「やらされた感」がなくなる上に、

充実感と満足感を得ることが出来ます。




☆本日の結論
「結局、当たり前のことなんですけどね。普通の社会では。」

ぶっちゃけ拙者は、

介護職上がりでございます。




でも、実は介護福祉士ではございませぬ。

だって、受験資格がないですから。

あったとしても、受かるかどうか???




もちろん、

看護師でもございませぬ。

PTでもOTでもSTでもございませぬ。

栄養士でもございませぬ。

ケアマネでもございませぬ。

簿記も持っておりませぬ。




そんなナイナイづくしの拙者ですが、

やるべきことだけは分かっているつもりでござる。




介護の目的は利用者を元気にすること。




どんなに困難で理不尽なな問題に当たっても、

まずは利用者を元気にするという方向で

解決策を考えるということ。





ここだけば譲れないのでござります。




そのために、

専門職の皆様のお力をお借りするのでございます。




もし、

利用者の元気を奪う形で

問題を解決してもいいというのであれば、

専門知識などいりませぬ。




あ、い・り・ま・ぬぅ!




素人考えで十分でござります。




そこのところ

なにとぞよろしゅう

あ、お願い、あ、いたしますぅぅぅ!

よろしゅう顔

いよぉぉぉぉぉ!



☆本日の結論
「そういうスタンス、ありだと思います。」

介護職を10名集めて、

「介護の仕事の目的は何ですか?」

と聞けば、

悩みながらも色々な答えを出すだろう。




「利用者のニーズに応えること」

「利用者が楽しい人生を送るための手助け」

「その人らしい人生のための手助け」


等など。




ポイントは、

十人十色の答えだということだ。




つまり、




介護というカテゴリーは

曖昧で抽象的であるが為に

人それぞれが勝手に目的を設定してる。





あるいはそもそも目的を設定していない。




なので、




法人なり施設なりで明確な目的を設定しないと、

皆がバラバラな方向を向いて仕事をしてしまう。





あるいは、目的もなく仕事をしてしまう。




皆がバラバラの方向を向いていたら

根本的に議論は成立せず、

仮に何らかの結論が出たとしても

それには誰も納得しないだろう。




そういうことからフラストレーションが溜まり、

次第に愚痴り合うメンバー(派閥)が構成されていき、

人間関係がドロドロしてくる。




皆が目的もなく仕事をしていたら

皆の関心は、利用者や介護には向かず

「いかに自分たちにとって居心地のよい職場にするか」

というお題に向かっていく。




その結果、

利用者を置き去りにしたまま、

勝手に都合よく業務が組み立てられ、




人間関係においても、

次第に心地の良い集団(派閥)が構成されていき、

人間関係がドロドロしてくる。




というわけで、

どのみち、目的(理念)がなければ、

組織はドロドロしてしまうという話でした。




☆本日の結論
「日本中の多くの介護スタッフが、明確な目的なく仕事をしているのかと思うと、恐ろしい。」

一時期、

「鍵や薬に頼らない認知症ケア」

という発想がもてはやされました。




でも、最近は

リスク管理の視点から

鍵や薬もアリなのでは

という考えになりつつあるそうです。




世間がどう考えようと勝手ですが、

私は賛同しかねます。




そもそも、

なぜ「鍵や薬に頼らないケア」

という考えが必要なのか?




私は、

これを単なる理想論と考えてはいません。




はっきりって、

鍵や薬は、

その場しのぎの「しのぎケア」です。




原因分析も何も出来てない状況下で

とりあえず何らかの対策が必要である場合に

やむを得なく用いるものです。





食事介助

オムツ使用

機会浴使用

車椅子使用




これらも似たようなものです。




私が問題視しているのは、

本来その場をしのぐためだけの「しのぎケア」を

継続して行うことです。




例えば、

入居したてのAさんの生活歴も傾向も対策も何も分からない

という状況下で、とりあえずAさんの安全を確保するためには

鍵を掛ける行為は必要悪かもしれません。




でも、

本来それは期間限定の策であって、

1週間なり1ヶ月の間に問題解決して

鍵を掛けなくてもよくする必要があります。




しかし、

安易に鍵を掛けることを容認し、

それに対して期限も設けなければ

どういうことになるでしょう?




「鍵が掛かっているから」

という安心感のため、

介護スタッフはAさんの問題解決に

本気で取り組もうとしないでしょう。




この時点ではAさんの分析すら出来ていないので、

そもそも、Aさんにとって、鍵を掛けることが

長期的に見て悪影響をもたらすことなのか、

そうでないのか

ということすら分かっていないはずです。




そういう基本的な分析すらせずに、

半永久的に

「とりあえず鍵を掛ける」

という対策を取り続けるわけです。




もし問題解決をしたとするなら、




①Aさんはここを自分の居場所だと感じていない。



Aさんが皆に認めれら必要とされるような取り組み。






②Aさんは便秘の時に落ち着かなくなる。



便秘解消の取り組み。





③Aさんは自由な行動を望んでいる。



自由な行動を提供できる体制作り。





④Aさんは家族の面会がなく孤独感が強い。



家族の面会を促す。あるいは他入居者との関係作り。





⑤Aさんは特に理由なく扉を開けて出たり入ったりしているだけ。



Aさんが興味関心のあるものを提供。





以上のような取り組みが行われるはずです。




特に上記の内、⑤以外は、

「問題解決せず単に鍵を掛け続ける」

ということを続けると

Aさんの元気は確実に低下していきます。




それが問題なのです。




なので、

「鍵や薬に頼らないケア」

というのは、




しのぎケアという退路を断つことによって

解決ケアをせざる得ない状況を作り出す

とうことに意義があると思っています。





もちろん、

解決ケアが出来る保障はないです。




ただ、もし仮に上手く出来なければ、

それは素直に実力不足として反省しましょう。




「自分たちに実力がないがために

鍵や薬に頼ってしまっています」

と謙虚に認めましょう。




そういう謙虚さもないまま、

当たり前のような顔をして、

鍵や薬に依存する介護士を

私は認めることが出来ません。




あ、認めねぇ~!

よろしゅう顔




☆本日の結論
「薬を飲み、問題行動が少なくなった利用者へに対しては、スタッフの関わりも減る。これ意味なし。」
元気を創る

というビジョンは、

physical

mental

brain


の3つの分野からお年寄りを元気にする

というものです。




意味もなく格好つけて英語で書きましたが、

要は

身体(機能、体調)

心(意欲)

頭(認知機能)


へのアプローチのことです。




この中でも、

「身体」に関しては、

医療、看護、リハの専門性が

役に立ちます。




ただ、

「心」と「頭」に対するアプローチは、

上記の専門職よりも

介護職のアプローチの方が有効だったりします。




特に

お年寄りの

自尊心を刺激し、

自らの価値を高め、

自らが必要とされているという実感をもたらすことにより

生きる意欲を高めようという

「心」へのアプローチは大事なのです。





だからこそ、

まずは敬語で話せよ!

というわけなのですが、




共有スペースで敬語で話せているスタッフでも

居室やトイレ、浴室では、

ついついタメ口になるケースが多いです。




私は、

その理由を、

他のスタッフが見ていない密室状況だから

油断してタメ口になる

というように解釈していましたが、

他の理由もあることに気がつきました。




それは、

利用者のステータスが落ちると

スタッフが強気になる


というメカニズムです。




つまり、

居室のベッド上で仰向けになる

トイレで下半身裸になる

浴室で全身裸になる


というように、

利用者が明らかに不利な形勢になったとき

ついついスタッフが偉そうにしてしまうのです。




これらの状況下では、

利用者はまさに「まな板の上の鯉」です。




そこへスタッフの

弱肉強食の本能が襲い掛かるわけです。




ある意味、パワハラなわけです。




利用者の立場が弱くなり

スタッフのお世話してやっている度数が高くなるほど

言葉遣いは乱れていくという構造です。




ホントによくある光景です。




嗚呼、なんて見苦しいのだ…

と思った方は、

明日から意識して、

そういう時こそ謙虚な態度で接してみてください。




☆本日の結論
「自分が優位な時こそ謙虚に。これ、人としてのステージを上げるための法則ですね。」

あのディエゴ・マラドーナの現役時代は、

味方FWの走るスピードを計算して、

FWの足元に自然と吸い付くようなパスを出していた。

自らがどんな体勢でも、

絶妙のタイミングでそれが出来ていた。




また、

あのアラン・プロストの現役時代は、

寸分の狂いもなく

定められたゾーンにピットストップしていた。




これらは

他スタッフへの

次の仕事がやりやすい配慮

である。




これらの配慮は玄人受けする部分であり、

一般的には余り目立たないけど、

チームの勝利のためにはとてもありがたいものだ。




だが、意外とコレが出来ない。




特に自らのプレーヤーとしてのステータスが上がると、

往々にして謙虚さがなくなり、

チームメイトに対する配慮に欠ける場合が多いからだ。




そして、それは、チーム力の低下を招く。




このことは、

スポーツ以外の仕事にも当然あてはまる。




例えば、

介護業界においてのパスとは

主にホウレンソウのことを意味する。




新人の頃は、

他スタッフ、他部署に対して丁寧なパスを出していた

あるいは出そうとする姿勢があったのに、




ベテランになってくると、


「オラ、それくれーのパス、ちゃんと取れよ!」

(そこまで言わなくても分かるでしょ!)


「あんなの取れねーオメーが悪んだよ!」

(私は一応伝えたはずですけど!)


という感じに変貌していく。




だが、

私はそれを全否定はしない。




なぜなら、そういうメチャパスを送ってくる

チームメイトがいるおかげで、

パスを取り損なわないような技術が発達するからである。




要するに「揉まれる」というやつである。




しかし、

いつもいつもその調子ではさすがにストレスが溜まるし、

やはりミスも多くなってしまうだろう。




職場では派手な仕事をする者が

ついつい目立ってしまうが、

本当に上司や部下や同僚に重宝されるのは、

こういう配慮がきちんとできるプレーヤーだと思う。




さて、

そんなこんなで、




個人的には、

特に以下のようなケースにおいては、

相手に配慮したパスをお勧めする。




①新米リーダーが部下の信頼を得るべき時期


②絶対にミスが許されないケース


③イベントのように非ルーティンのとき


④仕事をする相手が明らかに未熟なとき





②、③のようなときに、

マラドーナのようなパスが出せれば、

「ここ一番に強い奴」

「いざという時に頼れる奴」


という評価を獲得できるだろう。




また、リーダーの場合も、

シャア・アズナブルのような

実行力が高く、カリスマ的な存在でなければ、

「皆さんのおかがでございます」

という謙虚な姿勢でチームを作っていく必要がある。




そういうときは、

①のケースのみならず、

常に部下に良いパスを送り続けるべきだろう。




親切なパスをもらい続けた部下は

「もうあなたの下でした働けない」

ってなるかもしれませんよ。




☆本日の結論
「マラドーナやプロストを知らない方への配慮のなさをお許しください

利用者、特に認知症の方が

何か要望すると、




多くの介護スタッフは

反射的に否定しようとしてしまいます。




「ちょっと、もう帰りたいんだけど…」

「ちょっと、話を聞いて…」

「ちょっと、外に連れてって…」

「ちょっと、これ不味いんだけど…」

「ちょっと、もうこれ(水分)いらんから…」





のような訴えに対して、




でも、今すぐは難しいから…」

後で、また来ますから…」

いや、外は暑いですよ…」

そんなことないですよ、それは…」

まあそう言わずに、あと少し…」





と答えます。




ひどい場合は、

利用者が「ちょっと…」

と切り出した途端に、




「でも」

「いや」

「後で」

「そんなことないですよ」

「まあそう言わずに」


の否定切り返し5段階活用が飛びだします。




利用者の訴えを受け止めるどころか、

完全に跳ね返しています。




まさに、北斗神拳 二指無空把!




訴えを軽く跳ね返られた利用者は、

気が強い人は、魂が荒ぶり

気が弱い人は、意気消沈します。




「そんなの関係ないわ!」

と言う介護職は、

利用者の世話をすることは出来ても

元気を創ることは出来ません。




元気を創るためには、

まずは利用者の訴えを肯定的に受け止める

という対応を習慣化したいものです。





「帰りたい!」と言われれば、

一旦「帰りたいんですねぇ」と受け止める。




それだけで利用者の気持ちは随分違うはずです。




☆本日の結論
「認知症の方への対応は、理屈よりも感情重視で!」

介護施設というのは特殊な空間である。




そこは人が人にサービスを提供する場所であるのだが、




一般常識では考えられないような失礼なサービスが

まかり通っているケースが多い。




プライバシーの無視であったり

不衛生な環境であったり

相手への配慮のなさであったり





なぜそうなってしまうのかと言うと、

サービスを受ける側であるお年寄りの意識が甘い

あるいはサービスに対するチェックが甘いからである。




それは、

認知症のせいであったり

感覚の鈍化であったり

遠慮の気持ちであったり

あきらめの気持ちであったり


するわけで。




例えば

特別養護老人ホームなんかにおいては

極端な話、




一日中オムツを替えなかったり

1ヶ月風呂に入らなかったり

一年間居室を掃除しなかったり

洗ってない皿で食事を提供しても


お年寄り自身の口からは不満が出ない

確率の方が高い。





なので、

「お年寄りから不満が出てないから」

という基準でサービスを組み立てると

とんでもないことになってしまうのである。




もちろん、

家族や行政といった第三者の目によって

改善されるという面もあるが、

それだけではどうしようもない。




なので、

介護を提供する一人一人が

あるいは介護施設を経営する者自身が




せめて一般常識に当てはめてもおかしくない

というサービスレベルを意識し続ける必要がある。




これには実はかなりの意識が必要である。




二度と人前で裸になる機会はない

と分かっていながら、

常に板チョコ腹筋をキープするくらいの

ストイックさが必要なのである。








介護施設には、

元々常識のある人がスタッフとして就職したにも関わらず、

そこで働いているうちに感覚が麻痺して、

非常識なサービスをさせてしまう魔力があるのだ。




しかも、

その人たちは施設外では

相変わらず常識的な振る舞いを維持しているのである。




異常な言動は、

施設内のみ

勤務時間のみ

である。





サービスを受ける側の意識が低い(チェックが甘い)

という状況だけで、

これだけ恐ろしい魔空空間を生み出してしまうのである。




ここで一つ注意して欲しいのは、

お年よりは単にサービスを受ける側としての意識が低い

というだけであり、

質の悪いサービスを受けても平気というわけではない。




平気なわけがない。




質の悪い介護サービスを受け続けると

お年寄り自身が顕在的にそれを理解(実感)

していようといまいと関係なく、

確実に心身の状況は蝕まれていくのである。





それが介護サービスの怖さである。




なので、

前述したサービス提供側の強い意識の必要性というのは

単に一般常識云々というだけでなく、

お年寄りが辛い思いをすることなく

心身ともに元気に暮らしていく為に

とってもとっても大事なことなのである。




というわけで、




介護の仕事を続ける中で、

魔空空間に惑わされず、

変な介護(「怪護」と言うらしい)をしないように

お互い意識し合い、指摘し合い、気をつけていきましょう!

という会が発足しようとしているらしいので、

その紹介でした。→詳しくはコチラ




☆本日の結論
「私が一番言いたかったのは9段落目です。」
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」

とは元楽天監督のノムさんの名言である。




でも、実は、オリジナルは、

松浦静山という殿様で、

剣術の達人だったらしいのだが、

そんなことはどうでもいい。




私はこの言葉が大好きでなのである。




「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」




老人介護の仕事をしていて、

あるお年寄りが、

なんだか良く分からないけど元気になった

という例はあるだろう。




もちろん、

その何倍ものお年寄りが、

なんだか良く分からないけど元気がなくなった

ということになっているはずだ。




元気になったケースに関して、

無理にその分析をせず、

「不思議なこと」

で済ませることがあったとしても、

さほど大きな問題ではない。




だが、

状態悪化したケースに関しては、

決してそういうわけにはいかない。




状態が悪化したからには、

必ず何からの要因があったはずだ。




しかも、

その要因を

「年だから」

「進行性だから」

「認知症だから」


と、お年寄り側に見出すのではなく、





「ケアの方法が悪かったかもしれない」

「自分たちの知識不足だったかもしれない」


というように、

介護側の問題として考えるべきだと思う。




その思考回路の構築こそが、

レベルアップへの道だと思うからだ。




☆本日の結論
「飯も同じことが言えるのだよ(for調理スタッフ)」

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