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多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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先日、

社会福祉士コースの実習生を受け入れ

その担当者になるための講習を受けてきました。




まずは、

丸二日間の缶詰座学講習を

一睡もしないで真面目に受けてきた自分を

素直に褒めてあげたい。




気持ち的にはこんな感じで↓




スタンディングオべーション




さて、




なぜ一睡もせず、

頑張れたかというと、




真面目に考えていたからです。




「ソーシャルワークとは何ぞや?」

「その専門性とは?」

「そしてそれは本当に世の中にとってニーズがあるのか?」





ということを。




今さら。




福祉学科を卒業して介護の仕事を10年以上している私が、

今さらそのようなことを考えてしまうというのが、

ソシャルワークの奥深さであり曖昧さです。




でも、

おかげさまでやっと悟りが開けました。




それもこれも今回の講習のおかげです。




もし、このような機会がなければ、

二日間朝から晩までソーシャルワークのことだけを

本気で考えるようなことは、

一生ないでしょうから。




いや、

百回生まれ変わってもないでしょう。




なので、

せっかくの悟りを忘れてしまわないように、

今日からソーシャルワークについての記事を

書いていこうと思います。




というわけで今日は以上です。




え?もったいぶるなって?




「よよいっ!!

も~~~ォオオしわけありあせん~~~ァ!!!

あいやしばし あ しばし待ァちゃ~がれェ~いっ!!」


クマドリ




☆本日の結論
「リクエストがあれば、よろしくお願いします。」

ソーシャルワーカー(SW)の専門性を語る前に

大事な大前提があります。




それは、

ソーシャルワーカーの専門性を

ほぼ完璧に身につけることが出来たとしても、

それだけで飯が食える保証はない。


ということです。




なので、

おまけの専門性

という位置付けで良いと思います。




事実、

私も、私の友人・知人も、

そしてこのブログの読者も、

福祉系大学を出た人たち(略して「私達」)は、




社会福祉士あるいは社会福祉主事

という資格のおかげで職に就けた

という有難みはあるかもしれないけど、




それらの専門性によって、

素晴らしい仕事が出来て

それが評価されて所得がUPした

ということはないと思います。




私達の評価の源は、

そのほとんどが、

学校で学んだ知識や技術ではなく、




福祉業界に就職した後に身に付けたもの、

あるいは先天的な素質を磨いたもの

だと思います。




なので、

私達にとって、

それらの資格は

仮に素晴らしい専門性がなくとも

名称独占さえいただければ十分なのです。




福祉系大学を出て

福祉業界で仕事をしている人は、

それだけで、

多少なりとも恩恵に授かっているわけです。




今のところは。




なので、

私達は、

誰かに刺激されない限り、

日常的には、

ソーシャルワーカーの専門性だの

社会福祉士の地位だのということは、

ほとんど考えません。




考える必要がないからです。




極端な話、

ロシア文学科を卒業した人が

トヨタで車の営業をしているようなもので、




ロシア文学科の専門性がどうであれ、

自分の仕事には関係ないのです。




大学時代の思い出があればいいじゃないか。

大学時代の友人が一人でもいればいいじゃないか。

という次元で考えれば、




ロシア関係の仕事においてしか価値が見いだせない

超レア専門性のロシア文学科よりも




福祉系の仕事全般に有利に働くこの資格は、

名称独占だけでも十分ありがたい

という謙虚な気持ちが生まれます。




福祉の仕事をする人は謙虚でないといけません。




というわけで、




「福祉業界に就職した後に身に付けたもの、

あるいは先天的な素質を磨いたもの」

で飯を食っている人(グループA)は、

余裕の気持ちでいきましょう!




ただし、




「福祉業界に就職した後に身に付けたもの、

あるいは先天的な素質を磨いたもの」

がほとんどなく、




社会福祉士あるいは社会福祉主事

という資格の価値がゼロになった瞬間に

全く飯が食えなくなる人たち(グループB)

穏やかではありません。




彼らにとっては、

それらの資格の地位向上は死活問題なのです。




この両者に温度差があるわけです。




グループAの一般例としては、

・介護施設等での現場力・実践力を持っている人

・管理職としての能力を持っている人


であり、




グループBの一般例としては、

・福祉系大学の教授

・社会○祉協○会のような組織で働いている人


だったりします。

※あくまで一般例なので例外も多くあります。




グループAの人たちにしてみれば、

あればラッキーくらいの

SWの専門性や業務独占が、




グループBの人たちにしてみれば、

死に物狂いで獲得すべきもの

になっているわけです。




で、




グループBの人たちにしてみれば、

グループAの人たちがSWの専門性を

まるで無視しているかのように働いているのが、

イラつくわけです。




でもグループAの人たちにしてみれば、

目の前の仕事で成果を上げる方が一億倍重要であって、

そんな価値のあるやらないやら分からない

曖昧な専門性を考えている暇はないわけです。




グループBの人たちの空回り感は、

そのような構造の元に生まれているのです。

(例:社会福祉士会への熱い勧誘等)




でもね。




冒頭に書いたように、

そもそもそれ単体で飯が食えるような専門性がない以上、

グループBの人たちが業務独占や権力の拡大に努め

仮にそれに成功したところで、




それこそ悪質な利権になるだけで、

世のため人のために反する集団に

なってしまう恐れすらあります。




果たしてそれが、

ソーシャルワーカーたるものが目指すことなのか?




なので、

このブログでは、

グループBの人たちの立場は無視して、

グループA目線で、

気楽に専門性を考えていきたいです。

※グループB目線での意見は、

 ググればいくらでもヒットするだろうし…。





「お!そういえばSWの専門性って

意外とそういう部分で役に立つかも!」




「せっかく高い授業料払って大学出たわけだし、

コレも何かの縁ってことで、

もうちっとばかしSWの勉強をしてみっか!」





みたいなノリで。




少なくとも、

今の世の中においては、

それが健全かつ現実的な方向性だと思います。

(↑この立ち位置設定が実はとても重要です。)




続く。




☆本日の結論
「なんか、久々に炎上しそうだな…。」


悲しい過去

前回の記事にも書いたように、




私は、

福祉の専門職たるものが、

その専門性だけで飯を食おうなどと考えるべきではない


と思っています。




世のため人のために貢献していきます

という強いカラーこそが、

福祉専門職の最大の専門性だと思うからです





あくまで、

利用者のための専門性の主張であるべきで、




己の保身のための利己的な主張というのは、

釈然としないわけです。




しかし、

そのように歪んだ訴えをせざるを得ない

悲しい過去もあるわけです。




さかのぼること10数年前。




時は措置時代。




そのとき、

社会福祉士をはじめとする

ソーシャルワーカーたちの多くは、

今で言うケアマネのお仕事をしていました。




あらためて説明しますが、




福祉業界において、

ソーシャルワーカーとして、

現実的に最も専門性を発揮できる立場は、

今で言うケアマネのお仕事です。




ソーシャルワーカーは、

「様々な福祉的な課題を抱える人々の問題の原因を探り、

その原因を解決するために働きかけていく専門職であり、

そのプロセスにおいては自らが直接援助するより、むしろ

必要な社会資源(機関や専門職)を積極的に活用していく。」


人たちと言えます。




要するに、

①問題を明確にし

②アセスメントして

③解決のための計画を立て

④関係機関や職種にアプローチしていく


わけですから、




ケアマネのお仕事そのまんまなのです。




さて、




当時、

入所施設においても在宅においても、

社会福祉士や社会福祉主事という資格を持った

生活相談員という人たちが、

そのようなお仕事をしていました。




ところが、




そのような役割のほとんどが、

介護保険開始と同時に

(特に高齢者分野においては)

ケアマネージャーの仕事としてスライドしてしまったのです。




しかも、

ケアマネになるための要件として、

社会福祉士は、

その他大勢の一つ

に成り下がってしまいました。




社会福祉士であろうが、

介護福祉士や看護師たちと同様に

5年以上の実務経験が必要。




この時点で多くの、

社会福祉士たちは失望しました。




自分たちが最も得意とする業務が

全職種に解放されてしまったのです。




わしゃ、なんのために大学まで行ったんやねん。




このとき、

社会福祉士という資格は

死に体と化しました。




合掌。

合掌








もし、

あの時点で、

社会福祉士に限り1年の実務経験で

ケアマネの受験資格を認める。

ってなことになっていれば、

その後の社会福祉士の価値も

大きく変わっていたでしょう。




たった一年の実務経験でケアマネをするかも

という緊張感があれば、

養成校のカリキュラムもレベルアップ

せざるを得なかったでしょうし、




養成校のステータスも上がり、

学生の質も高くなっていたでしょう。




今となっては後のカーニバルですが。




…。




ついでに言うと、




今も、

社会福祉士になるための現場実習で、

アセスメント&ケアプラン作成

なんて課題がありますが、




どれだけ頑張ったところで、

(デイの介護計画や地域包括の予防プランは別として)

ケアマネとしてそういう仕事をするには

早くても卒業して5年後なのに…

というむなしさがあります。




でもって、




その状況にも負けず

あくまでケアプラン作成は

ソーシャルワーカーの専門性だと言い切るにしても、




肝心のケアを養成校で全く教えていないという

致命的な矛盾があります。




仮に卒業時に、

ソーシャルワークの手法を完璧にマスターしていたとしても、

医療、ケア、リハ、栄養等の専門知識が、

全くと言っていいほどないので、

現場ではさっぱり使えないわけです。




というわけで、




社会福祉士をはじめとするソーシャルワーカーの世界は、

介護保険設立をきっかけに

このようにグダグダな状況になってしまっているわけです。




「ねぇねぇ先生!SWとケアマネってどう違うの?」

「なんで私たちも5年の実務経験が必要なの?」

「なんで介護福祉士と同じなの?」

「医療や介護の勉強してないから不安なんですけど」

「4年も大学に通った意味あるんすか?」





という学生や卒業生たちのピュアな質問に

あたふたしてしまうわけです。




という状況なので、

ソーシャルワーカたちの専門性の主張が歪んでも

仕方がないかも知れません。




①大して専門的な勉強をしていない人たちの

②数少ない業務独占的なポジションが

③他職種に解放されてアドバンテージがなくなった

④しかも業界はそれで十分成立している。

⑤つまりニーズが満たされている。





その状況においても

自分たちの専門性や必要性を訴えているわけですから、




そりゃわけ分からんよね。




矛盾もするよね。




説得力もないよね。








次回から本題に突入。




☆本日の結論
「私も記事を書いてて涙が出てきました。」

ソーシャルワーカー(SW)に限らず

専門性というものを考える上で

最も大切な視点は、




その専門性に世の中のニーズがあるのか?




ということです。




医師

看護師

栄養士

理学療法士

介護福祉士




これらの職種の存在意義に疑問を持つ人は少ないでしょう。




つまり、

これらの職種の人は

「私達に何をもたらしてくれるのか?」

という部分が分かりやすいのです。




利用者に対しても。




会社に対しても。




つまり、




利用者「お前は何者だ!」


PT「理学療法士です。」


利用者「何だそりゃ?で、わしに何をしてくれる人なんだ?」


PT「リハビリの専門家ですから、機能向上のお手伝いをします。」




会社「あなたの職種は?」


PT「理学療法士です。」


会社「あなたを採用することで、

   そのPTとやらの専門性は当社にどのような

   メリット(利益)をもたらしてくれるのですか?」



PT「御社の利用者の機能向上に確実に貢献します。

   その結果、御社の評価も高まるかと。」





ということです。




では、ソーシャルワーカーの場合はどうでしょう?




利用者「お前は何者だ!」


SW「ソーシャルワーカーです。」


利用者「何だそりゃ?で、わしに何をしてくれる人なんだ?」


SW「…」




会社「あなたの職種は?」


SW「ソーシャルワーカーです。」


会社「あなたを採用することで、

   そのSWとやらの専門性は当社にどのような

   メリット(利益)をもたらしてくれるのですか?」



SW「…」




「…」の部分をはっきりと言えるのか?

ってことです。




しかも、

その内容が、

個人の資質やSW以外の知識・技術でなく、

あくまでSWの専門性だけでプレゼンできるのか?

ってことです。








SWのような曖昧な専門性を考える時は、

このようにニーズから考えていくと分かりやすいと思います。




日頃ニーズに直面していない人たちが

会議室の中で延々と話をしても

現実とかけ離れた理想論

あるいは専門家のためだけの専門性論

しか生まれないでしょう。




だからグループBの人たちは…(以下自粛)




続く。




☆本日の結論
「配置基準に守られているだけじゃイカンのです。」

前回の記事に↓のような問いかけを書きました。




会社「あなたの職種は?」


SW「ソーシャルワーカーです。」


会社「あなたを採用することで、

   そのSWとやらの専門性は当社にどのような

   メリット(利益)をもたらしてくれるのですか?」



SW「…」




例えば

これが採用のための面接時のやりとりであり、

SW=施設の生活相談員希望の人なら

どう答えればよいでしょう?




そういえば前々回の記事で、

↓のようなことを書きました。




ソーシャルワーカーとは

「様々な福祉的な課題を抱える人々の問題の原因を探り、

その原因を解決するために働きかけていく専門職であり、

そのプロセスにおいては自らが直接援助するより、むしろ

必要な社会資源(機関や専門職)を積極的に活用していく。」

人たちと言えます。





この言葉をそのまま活用して、




「私は様々な福祉的な課題を抱える人々の問題の原因を探り、

その原因を解決するために働きかけていく専門職です。

そして、そのプロセスにおいては私が直接援助するより、

むしろ必要な機関や専門職を積極的に活用していく

という形で仕事をこなしていこうと思います。」





と言ってしまったら、




100%採用されないでしょうね。




「…で?…なに?」

と言われてしまいます。




なので、

ここは分かりやすく、

「私が入社することで、

利用者の抱える問題をより明確にし、その解決のための

各部門の役割分担や連携力も高めることが出来ます。

また家族にもしっかりと協力してもらえる体制を構築します。

その結果、御社の利用者へのサービスが効率的に向上し、

その心身の状態を向上させることに繋がります。」


などと言ってみてはいかがでしょか?




すると絶対に、

「そんなこと、どうやってやってのけるんだ!?」

と興味と疑いに満ちた質問が返ってきます。




そこで相手が納得するような

具体的な方法論を示すことが出来れば、

かなり価値のある専門職といえるでしょう。




ポイントは、

「利用者の抱える問題をより明確にし、

その解決のための各部門家族の役割分担や連携力を高め、

家族にもしっかり協力してもらい、

結果として利用者へのサービスを効率的に向上させる」

ための専門職だという位置付けを明確にする

ということです。




この自覚を持ち

それを宣言するだけでも

随分違います。




仮に、

介護福祉士や看護師が同じ立場に就いたとしても、

どこかで介護士としてのエゴ

看護師としてのエゴが

顔を出してしまい、

100%その役割に徹することは難しいでしょう。




自らの専門性を発揮するためには、

そして向上させるためには、




自分に対しても、

周囲に対しても

自らのミッションを明確にすること

が重要ですね。




逆に言えば、

ミッションがはっきりしていない状況で、

いったい何に対してどのように専門性を発揮するのか?

ということになります。




また、例えば、

「各部門の役割分担や連携力を高め、

家族にもしっかりと協力してもらい、

結果として利用者へのサービスを効率的に向上させる」

ことが上手くいっていないとき、




つまり、

「各部門が上手く連携出来ていない場合」や、

「家族の面会が相変わらず少ない場合」は、

ソーシャルワーカーの責任

ということになります。




当然そのようなリスクも背負うわけです。




専門性が曖昧だということは

リスクも曖昧だということです。




現実的には、

専門性がないと嘆きつつ、

実はリスクもうやもやにしている

というズルイ側面もあるのかもしれません。




自らの役割を明確にした以上、

連携のまずさを、

他部署のスタッフのせいにばっかりして、

陰口叩くだけというスタンスは通用しません。




あるいは、

家族が非協力的であることを

愚痴っているだけでは話になりません。




良いとこ取り的に専門性を主張しても

説得力に欠けますからね。





続く。




☆本日の結論
「専門性確立の第一歩は、役割とリスクの明確化」



前回の記事で書いた

生活相談員(ソーシャルワーカー)の仕事は、

ご存知の通り、ケアマネージャーの役割でもあります。




なので、

例えば社会福祉士がケアマネを持っていて、

施設でケアプランを作っているのであれば、

まんまソーシャルワーカー(SW)の専門性を発揮しつつ、

ケアマネとして活躍すればOKです。




逆に、

SW以外の人がケアマネの場合であれば、

生活相談員はSWとして、

ケアマネの仕事をしっかりとサポートしてあげるべき

だと思います。




この場合、

「ケアマネなんて

ケアプランに名前が記載されるための資格のようなものだ。

本当のマネジメントはオイラがやってやるんだ。」


というくらいの意気込みを心の奥底で持っているくらいで

良いと思います。




それがSWとしてのプライドです。




もちろん、




例えばケアマネが看護師である場合、

その看護的な視点による

自分には出来ないアセスメントをしているのであれば、

それはそれで大いに勉強になるわけです。




でも、

①利用者の問題を明らかにし、

②多様な社会資源(機関・職種・家族)を有効活用して、

③アプローチして結果を出す。


ということにかけては、

あくまでオイラの専門性なんだ!

というスタンスで活躍してもらいたいものです。




ソーシャルワーカー道をまい進している人であれば、

その部分のテクニックにおいて、

他職種には絶対に負けないはずです!(希望的観測)




それが出来れば、

5年(ケアマネの受験資格のための経験年数)も待たなくても

SWらしく活躍できるわけです。




ただ、その際に、

しゃしゃり出すぎてケアマネや他職種と

不協和音を起こしてはいけません。




チームを上手くまとめる役割であるSWが

自らの専門性を発揮したいがために

それを損なうようなことをしてしまったのでは、

見事な本末転倒ですからね。

↑ありがち~




縁の下の力持ち的なサポートを通じて、

次第に皆に頼られるように持って行くのがポイントです。




謙虚さこそがSWの必須条件ですから。




そして、

謙虚であるからこそ、

SWの専門性を磨きつつも、

医療や介護の知識も蓄え

隙あらば経験を積んでいく

という姿勢を自然と持ってもらいたいです。




やっぱ、

そのへんの知識もしっかりないと

前述した看護師のアセスメントも

的確に理解できないですからね。




続く。




☆本日の結論
「何度も同じことを言っている気がする。」

ここんとこずっと、

ソーシャルワーカー(SW)の専門性について書いてます。




私はSWの専門性

いや、必殺技は

合気道だと思っています。




相手の力を受け流し、

むしろそれを利用して

勝利する。




合気道





え?合気道そのものが分かりにくい?








んじゃ、「トキの拳」ということで。




トキ





例えば、

知識と経験豊富な専門職がそろっている病院や施設では、

それらの対立が生まれがちです。




専門職同士の

プライドやエゴのぶつかり合いです。




そうなると、

結果として、

全体としての成果は

1+1+1+1+1=3

のようになってしまいます。




さらには、

利用者の利益よりも

専門職のプライドやエゴが優先されて

物事が決まったりします。





全体力の低下&目的の喪失(暴走)




この状況を力でねじ伏せようとするのが、

ラオウの拳。




ラオウ



しかし、

ラオウの拳は即効性が期待できるものの、

非常にハイリスクなのです。




で、

トキの拳の使い手であるSWの出番です。




自我の強い専門職集団の中にあって

SWは謙虚に冷静に立ち回り、

問題解決にむけて彼らの能力を生かしきるわけです。




目立たず、

決して敵を作らず、

慎重に繊細に行動し、




それでいて決して目的はブラさず、

少々寄り道したとしても、

その目は利用者の問題解決というゴールを

しっかりと見据えている。




そういうワークが出来る人こそが

ソーシャルワーカーらしいと言えます。




そういう意味では、

施設や病院において、

SWの専門性というのは

他の専門職たちのそれとは明らかに異質であり、

とてもオリジナリティーなものです。




他の専門職を活用するのがSWの専門性。




それを管理職という立場でなく、

あくまでSWという職種で行うところに

価値があるわけですね。





もちろん、

管理職になったときもその専門性は

十二分に生かされることは

言うまでもないです。

※管理職編は後日書くっす。




また、

上記の例では、

施設や病院における職種間の調整

という場面でしたが、




これをそのまま地域に置き換えると、

「地域における住民や各団体の調整」

というワークになります。




コツは全く同じです。




続く。




☆本日の結論
「麦わら海賊団に例えると、ロビンがやってることがSW。さりげないから分かりにくいけど。」

さて、

今まで書いてきたような

ソーシャルワーカー(SW)の専門性を

生まれ持ったキャラや能力で

こなせる人は恵まれています。




※SWの専門性には、

 独自の知識・技術・考え方は少ないので、

 適性が高い人なら特に専門の勉強をしなくても

 出来てしまうことが多かったりします。




でも、

多くの人がそうであるように、

先天的にそのような能力に

恵まれていないのであれば、




やはり勉強していくしかないですね。




いつも言ってる、

・各専門分野の知識・技術・考え方の理解

の他に、




各専門職間の調整力を高めるため、

・人材マネジメント学

・心理学

・コミュニケーション能力
 等




問題解決能力(論理的思考・柔軟な発想)

説明力を高めるため、

・マインドマップ

・KJ法

・QC七つ道具

・ブレーンストーミング

・ポートフォリオ分析

・ピラミッドストラクチャ

・ロジックツリー

・PDCAサイクルガントチャート

・ゼロベース思考

・仮説思考法 等





そして謙虚さを身に付けるためには、勉強ではなく、

・毎朝の清掃活動

をお勧めします。




大変だわいな。




続く。




☆本日の結論
「こういうのをしっかり教えたら養成校も価値があるし、社会福祉士の試験問題もこんな感じでお願いしたい。」

ここまで書いてきたような

ソーシャルワーカー(SW)の専門性は、

当然、リーダー的立場で仕事をする時にも

大いに役に立ちます。




リーダーの仕事は、

まさにマネジメントですからね。




部下という社会資源を活用して、

利用者の問題を解決する。




あるいは自らが調整役となり

他職種を積極的に活用していく。




等など…。




でも、




リーダーに向いている人と、

SWの立場でこそ成果を上げることが出来る人ってのは、

やはり違いがあります。




SWの立場であれば、

問題解決能力、謙虚さ、調整能力さえあれば、

かなりの活躍が見込めますが、




リーダーとなると、

それだけでは弱い気がします。




牽引力

強い言葉

情熱

有無を言わせぬ決断

スピーディーな指示・命令





リーダーとして成功するには、

多少なりとも

こういう「強さ」が必要だと思います。




なんてったって、

リーダーですから。




縁の下の力持ちオンリーでは

きついわけです。




なんてったって、

リーダーですから。




自分には明らかにこのような要素はないな。

と思う方はリーダー的立場になることよりも

SWという職種としてのレベルを上げて

キャリアアップを狙うことをお勧めします。




もう続かない。




☆本日の結論
「職種としてのマネジメントと上司としてのマネジメントの違いがミソ。」

オレ竜の施設

今年もプロ野球セリーグはオレ竜が優勝しそうです。




お世辞にも一人一人の選手の能力は高いとは言えないチームで、

2連覇しようとしているわけですから、

オレ竜監督のマネジメント能力を認めるしかないでしょう。




そのオレ竜監督が十分とは言えない戦力で

しかも大してその補強をしなくても

優勝するために取った戦略は何か?




それは

・守りの野球

・ミスの少ない野球


です。




なぜその戦略か?




それは、




・投げる

・打つ

・守る

・走る

等、野球には様々な能力が求められますが、




・打つ能力

・投げる能力

・走るスピード

に関しては、

指導者によってレベルアップする代物ではないからです。




これらはそのほとんどが

先天的な才能で決まります。




なので、

大枚はたいてスター選手を買わない限り、

そこらを強化するチーム作りは難しいのです。




というわけで、

監督やコーチの力量で個々のレベルアップが

明らかに狙えるのは、

・守る能力

・投げ方(リード)

・走るタイミング

くらいです。




で、そこを強化した結果、

・守る野球の徹底で得点を与えない

・少ないチャンスで点を入れ最小得点でも勝つ


という形なるわけです。




そんなオレ竜監督の落合が

老人ホームの管理者になったら、




・事故を減らす

・報連相ミスを減らす





という守りから徹底し、




・無駄な業務を省き

・ピンポイントで効果的なケア





により勝利を目指すでしょう。




これこそが、

そのときのスタッフのレベルに関係なく

レベルアップできる道だからです。




うん、

確かに良い施設になるが、

なんとなくつまらんな。




観客動員数を気にしなくて良い特養なら問題ないが、

デイサービスなら営業で苦戦しそうだ。




デイサービスなら、

カラオケの時間にいきなり事務員が歌いだす

という派手な采配が必要かもしれない。




☆本日の結論
「人は効率の悪さに魅力を感じるのだろうか?」

最近はTV芸人がしゃべる番組ばかりだ。

それ自体は良いと思うのだが、

うんざりする面もある。




何がうんざりするかと言えば、




皆、口調が同じなのである。




そう、

皆、松本人志口調(以下「松本調」)なのである。




なぜそうなってしまうのか?




それは、

松本調でしゃべることが

面白さへの近道だからだ。




なので、

①松本一志がメジャーになって以降登場したTV芸人であり、

②松本一志以下の能力の者は


皆、売れるために松本調を選択せざるを得ない。




それが

意識的であろうが、

無意識的であろうが。




ちなみに、

今も売れているTV芸人の中で、

完全に松本調以外の人は、

③松本人志がメジャーになる前から売れていて、

④松本人志と比べて遜色ない実力を持っている人


だけである。

(例:タモリ、さんま、たけし、鶴瓶、とんねんるず等)




③に関しては先行の利がある。




でも、

③があっても④がなければ飲み込まれてしまう。




しかも、

彼らは意識して松本調を避けている。




もし、

うかつにでも松本調を使ってしまったら、

松本人志に対して負けを認めてしまうことになるからだ。




落合は絶対に振り子打法を試みない。




実はこれは大変な労力を要することである。




なぜなら今や松本調は、

芸人の口調にどどまらず、

世間の共通語と化しているからだ。




我々も知らず知らずの内にかなり影響されている。




もはや文化である。




なので、

私がそうであるように、

松本調にうんざりしている人が多くなればなるほど、

彼らのニーズは逆に増してくる。




そういう意味でも、

彼らはしつこく売れている。




さて、

今後、

松本調に革命を起こし、

新たなムーブメントを作る人は現れるのだろうか?




もし現れるとしたら、

⑤松本人志以降に登場するTV芸人であり、

⑥松本人志と同等かそれ以上の実力を持っている人であり、

⑦新たな口調を生み出すことが出来る


という人だけだろう。




⑦だけならいくらでもいるだろうが、

⑥がなければ、単なるキワモノで終わるか、

余りに影響力の少ない存在で終わる。

→つまり個人の芸としては成立するが、

 ムーブメントにはならない。




だが、

今のTV界を思うと、

ムーブメントにまでならなくても、

キワモノ以外で非松本調で勝負できる人は

貴重である。




さて、

何が言いたいかと言うと、




絵画にしろ

音楽にしろ

ファッションにしろ

映画にしろ

建築にしろ

お笑いにしろ

文化を進化・発展させつつ変えるのは

とても大変ということである。




なので、

施設改革をするときは、




今、現場で最も影響力を持っている人に対して

⑤、⑥、⑦

の人に託すしかない。




進化・発展しなくてもいいからとにかく現状を変えたい

というのであれば、

③、④

の人に託すのも手である。




☆本日の結論
「情報(影響)を遮断するのが最も有効な方法です。」

むか~し、むかし、

あの横浜ベイスターズの監督に

名将森祇晶(もりまさあき)氏が

就任したばかりのころ、




誰だか忘れたけど、

よく盗塁をするキャラの選手に対して、




「今まで、いつ盗塁するか自分で考えていたのか?

それは大変だったろうに。

これからはコチラで考えるから、もう考えなくていいよ。

その判断の負担はコチラに来るわけだから、

サインが出たときに速く走ることだけに集中してよ。」




と、指導していました。




で、

言われた選手がキョトンとしていたのが印象的でした。




森監督は

全ての選手に対してそのように指導しているのか、

選手によって判断権の委譲を使い分けているのか

分かりませんが、

この指導は非常に参考になります。




つまり、

・上手く盗塁する能力



・いつ盗塁すべきか判断する能力

は別物ということです。




「確かにお前は足は速い!」

でも、

「判断力はワシらの方が上だ!」

ということですね。




この

判断力=情報処理能力

の扱いがポイントです。




これは介護職員も

よく言われています。




例えば、

「そんなことは利用者の状態に合わせて判断すべきだ!」

みたいな感じで。




介護系のブログにも

その手のことが

よくグチグチと書かれていますね。





「だからオメーらはダメなんだよ!」

みたいなノリで。





でも、

これは一概には言えないことなのです。




介護職にも

「判断できる人」と「判断できない人」

の二種類いるからです。




で、

今の業界の事情からして、

「判断できる人」

ってのは指示する立場になっています。(嫌でも)

つまりリーダーです。




ということは逆に、

リーダー以外の平社員のほとんどは

「判断できない人」

なのです。




言っておきますが、

「判断できない人」はダメ

という意味ではないですよ。




仮に判断力がなくとも、

与えられた業務は誰よりも確実にこなす人は

価値があります。




要は役割分担なのです。




彼らは

指示されたことを確実にこなすだけで

100点という人たちです。




なので、リーダーやその他のお偉方は、

「そんなことは利用者の状態に合わせて判断すべきだ!」

と彼らを叱る前に、




まず、

・自分の指示出しは100点だったのか?

ということを自問自答しないといけません。

でなければ単なる責任逃れ、罪の押し付けです。




もし、

「いや、それくらいのことは指示がなくても

自分で判断すべきだ。」

と思うのなら、




日頃から

・彼らが判断できるように教育していたのか?

・彼らが勝手に判断してもいい権限を与えていたのか?


ということを確認しなければいけません。




これらは当たり前のことですが、




このようなことを検証していくと、

ほとんど矛盾していることに気がつくはずです。




スタッフの現状の能力を見極めた上で、

自分とスタッフとの役割分担を予め明確にしておく。





マネジメントの基本だと思います。




☆本日の結論
「介護職の皆さん、理論武装のためにこの記事を参考にしちゃダメだからね。」

野球チームって、

見てて分かりやすいですよね。




連勝している時は雰囲気が良い。




連敗している時は雰囲気が悪い。




サヨナラ勝ちした日には雰囲気MAX最高。




サヨナラ負けした日はお通夜。




味方が逆転ホームランを打ったら、

それだけで雰囲気ががらりと良くなる。




味方がエラーすると、

それだけで重苦しくなる。




結局、

チームの雰囲気を良くするためには、

・良いプレーすること

・勝つこと

のみなのである。




一方、




介護施設においても、

チームの雰囲気を良くすることは、

とても重要である。




ただ野球と違い、

勝ち負けのない介護施設においては、

その要因はマネジメントにあると言われている。




だから介護施設のリーダーは大変なのだ。




チームの雰囲気が悪い=リーダーの責任

にされがちだ。




野球のチームであれば、

選手を褒めようが叱ろうが、

練習がきつかろうが、

日程がハードであろうが、




勝ちさえすれば、

雰囲気は良くなる。




介護のチームの場合は、

スタッフを褒めようが叱ろうが

研修や会議が沢山あろうが、

きつい勤務表であろうが、




利用者が笑顔で心身の状態が良くなれば

雰囲気は良くなるのか?




残念ながら、ならない。




てか、逆に、

利用者の状態が悪くなっても、

スタッフの勤務が楽であれば、

雰囲気が良くなったりする。




つまり、

どんなに良いケアをして

利用者に対して素晴らしいことをしても、




スタッフへのフォローを疎かにすると、

雰囲気は悪くなるのである。




なので、




志のない介護リーダーは、

利用者の利益よりもスタッフの利益を優先する

ということを安易に選択する。





野球に例えるなら、

選手が文句を言わずに楽しくプレーしてくれるんだったら、

試合は全部負けてもOK


というスタンスである。




普通に考えたら、

・そんなチームは最低だろ。

・そんな監督はバカだろ。てか誰でも出来るだろ。

・選手もプライドはねぇのか?




と言われてしまうだろう。




でも、介護施設はそうは言われない。




むしろ良い施設扱いされることすらある。




その原因は、

介護の仕事において

野球の「勝ち」に匹敵する部分がないからだ。




勝ち続けているチームにも

負け続けているチームにも

その自覚がないのだ。




全ての苦しさが吹き飛び、

チームが一体となり、

雰囲気が高まる瞬間が、

飲み会以外で生まれなければ…




とにかくリーダーが大変なのである。




志のあるリーダーほど苦労してしまうのだ。




苦労しないためには、

・介護の目的

・働く目的

・理念

・達成感

・やりがい

・成果の検証

これらを一つずつ構築していくしかない。

個々のスタッフがそれらを自然に意識出来るように

していかなければいけない。




しかし、仮に構築できたとしても、

それらからサヨナラホームランのような

感覚までは生まれないだろう。




でも、まあ、いいとしよう、

サヨナラ負けもないのだから。




☆本日の結論
「ファンに野次られることもないしね。」

今日お勧めするのは、

福祉…じゃなくて、

福嗣君が書いた




「フクシ伝説」




福嗣君とはもちろん

現中日ドラゴンズ監督

落合博満氏のご子息であらせられる

あの落合福嗣君のことだ。




子供のころ

よくTVに出ていたので、

ご存じの方は多いと思うが、

そんな彼も

もうこんなに立派になっているのだ。

























落合福嗣




おそらく多くの人は

「ああ、あの落合のバカ息子ね。」

くらいの認識だと思う。




ところがどっこい

そんなあなたもこの本を読めば、

決して彼のことをバカ呼ばわりすることは

出来なくなるのだ。




彼はバカげた言動をしているだけで、

決してバカではない。





少なくともIQはかなり高い。




この本を書いているときは

大学生くらいなのだが、

そのセンスは既にメジャー級なのである。




野球の才能はなかったらしいが、




人間としての総合戦闘力では

三冠王を三度取り、

長く球界で最高年棒だった父親以上の

ポテンシャルを感じる。




しかも、この本には

父親の落合博満さんと母親の落合信子さんも

度々登場してくるからお買い得だ。




この親子3人は

それぞれがずば抜けたキャラと才能を

持ち合わせており、

さらにそれがシナジー効果により

高まっている。




この本を読めば、

福嗣君や信子さんに対しての偏見はもちろん

オレ流采配に文句を言っていたことすら

恥ずかしくなってしまうだろう。




そのように

あらためて自分の小ささを痛感してしまうくらい

彼らはデカイのである。

その哲学は完全にワールドクラスだ。




ちなみに、

私はこの本を近所の本屋で買うのが恥ずかしくて、

アマゾンで購入したのだが、




そんな私の小ささに比べれば、

福嗣君のなんとデカイことか。




また、

先ほどの写真もそうだが、

この本の中で登場する福嗣君の写真は

どれも秀逸であり、




どんな芸人も決して真似できない

味わいを表現している。




是非ともその数々を堪能してもらいたい。




おそらく、今後

クライマックスシリーズや日本シリーズで

落合家の人々をテレビや紙面で目にする機会が

多くなってくると思うが、




この本を読んで予習しておけば、

その時の楽しみも100倍増しである。




近所の本屋で

この表紙の本を見つけたら、

レジで堂々と表に向けて買いましょう!

フクシ伝説




※76Pに彼の介護観が語られています。




☆本日の結論
「ホンマに面白いので超お勧めです。」

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