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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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よし、今日から3月だ!




気合入れていくぞ!




☆本日の結論
「花粉症、発症の予感」

例えば、

デイサービスやショートステイなどで、

ケアマネージャーやご家族にダメだしされたこと

というのは、気付き→改善につながりやすい。




が、




逆に、




「良かったよ」と褒めていただいたことというのは、

スルーされがちだったりする。




そうなると、

その「良かった」ことが再現される可能性は低くなるのだ。




まず「良かった」ことを分析して、




それが戦略的に既に自覚していることなら、

さらに強化し、




偶然的なものや無自覚的なものであるなら、

それはおそらく「潜在的な強み」なのだから、

その強みを今後の戦略に盛り込んでいく。




そして、それらを、

あらためて外に向かってアナウンスしていく。




そのような、

お褒めの言葉から

さらに事業所のポテンシャルを上げていく


という作業は、

意外と意識しないと出来ない。




褒められて

喜んで

終わり




ではなく、




喜んだ次の瞬間から

分析作業に入る




というしたたかな事業所というのは

やはり強いのだろうと思う3月上旬花粉日和。




☆本日の結論
「自分トコの強みを自覚していない所は多い。」

もう弥生賞か。




春が来た喜びと、

過ぎ行く時間のあまりの速さに対する

せつなさの狭間で

私は一人ユニチャームのマスクを装着するのであった。




そのマスクからは、

懐かしいような

と同時に身が引き締まるような

独特の臭いが感じ取れた。




そう、

年度替わりの仕事の忙しさ

という脳内アプリが、

この臭いというワンクリックによって

起動し始めたのだ。




新人研修

もろもろの事務

そして花見の企画




今年度は制度の変更がないから

まだマシな方か。




マスク装着後の数秒間で、

それらの記憶が走馬灯のように蘇る。




弥生賞だけに。




嗅覚の刺激というのは、

かくも人の脳を刺激するのか。




であれば、

それをケアにそれを生かさない手はないだろう




と思いきや、

高齢者の嗅覚というものも確実に衰えていくらしい。




それは再生された記憶によって得られる

懐かしさや喜びよりも

せつなさや悲しさの方が

遥かに勝ってしまうからだろうか。




心身の衰えの中で、

とある機能だけが若々しいというのは、

ある意味残酷なのかもしれない。




視力が衰えることによって

鏡に映った老いた自分の姿と向き合わなくて良くなる。




そういうこともあるらしい。




衰えるといえば、

オルフェーブルはどうだろう。




今月末の大阪杯、

裸眼でその姿を見るチャンスは

これが最後かもしれない。




だが、

花粉症の私は

なるべく屋外での活動は避けたい。




嗚呼…無情。




☆本日の結論
「エピファネイアはどうなんだ?」

リハビリ特化型デイのような

いわゆる機能的なサービス事業所の出現によって、

デイサービス、

いや、介護サービス全般において、

「機能」という言葉が注目されています。




お宅のデイサービスはどんな機能を持っているのですか?




もはや、

食事や入浴や送迎というのは、

あらためて口にするような機能ではないですよ。





で、

どんな機能を持っているのですか?





ちなみに、

リハ系のデイは、

リハビリという機能を持っていますよ。

言い方を変えれば、

自立支援という機能を持っていますよ。





で、

お宅はどんな機能を

持っているのですか?





多くの普通のデイは、

そう問い詰められたら苦しいでしょうねぇ。




いや、機能って言われても…




リハみたいに分かりやすいものはないし…




でも、利用者は満足してくれているし、元気だし…




え?ウチが持っている機能って何だろう?





という反応になってしまうのではないでしょうか?




でもね、




そもそも




ここで言う「機能」というのは、

医療モデルの「機能」を指しているんですよ。




だから、

介護モデル(生活モデル)の人たちが

そこ発信でいくら考えても

これといった答えなんて出てこないわけです。




なので、

科学的・論理的な医療モデルの方々と

しかもあちらの土俵である機能論をベースに議論すると

介護モデル側は圧倒的に不利なのです。




よって、

介護モデル側も

それに対抗すべき言葉と理論を準備する

という必要に迫られているわけです。




でなければ、

利用者やケアマネージャーに

医療モデルに対する自分達のアイデンティティーを

説明できないですから。




てか、

その前に、

自分達自身がブレブレになりますから。




で、




その言語化する作業が皆さん大の苦手

という話ですね(笑)。




けど、その作業をしておかないと、




で、

お宅はどんな機能を持っているのですか?





という言葉に揺さぶられ続けるわけです。




しかも、

介護モデルのアイデンティティーというのは、

医療モデルのそれの何倍も言語化が難しいですから。




多くの医療モデルは顕在化されていますが、

多くの介護モデルは潜在的ですから。




なので、

ついつい抽象的になり過ぎて、




「楽しい」

とか

「笑顔」

とか

「癒し」

という言葉に着地してしまうんです(笑)。




で、

医療モデルの方々に、

「そんなの機能って言えねーよ!」

とツッコまれるわけですね。




皆さんなら

どう答えます?




私なら、以下のように答えます。




「YOUは

利用者への直接的なアプローチとしての機能を

そのまんま事業所及び地域の中の機能だと

位置づけているんだろうし、

それはそれで分かりやすくていいと思うんだけど、

MEがやっていることは、根本的に違ってて、

そもそもが利用者の抽象的・潜在的ニーズの

受け皿になるところからスタートしているわけで、

そのこと自体が既に事業所の機能であって、

YOUの言うアプローチとしての機能は、

そのための一手段にしか過ぎないんですよ。

で、先ほどMEが述べた機能というのは、

あくまで前者の機能についてであって…

それらを具体的に説明すると…

(中略)

まあ、そういうことですよ。

そもそも、YOUだって、

居心地が良くて常連になっている居酒屋を

機能論では表現しないでしょ?

あるいはディズニーランドの素晴らしさを

機能論では説明しないでしょ?

やって出来なくもないだろうけど、

かなり違和感あるでしょ?

今回はYOUに合わせて

あえて機能という言葉を使って

MEのやっていることを無理やり説明したけど、

本当は違う言葉で説明した方が早いのよ。

それは…(以下省略)」




皆さんの場合は、

こんな屁理屈こねずに、

「とにかく、うちは楽しいデイサービスです!」

と、一言で済ますことをお勧めします(笑)。




☆本日の結論
「その楽しさの中身がどれだけ専門的かってことが勝負ですよ。」

機能の

いや、

昨日の記事をあらためて読むと、

とても分かりにくかったので、

今日は分かりやすく書いてみます。




けど、その分、超長くなります。




時間と脳に余裕がある時に、

じっくりゆっくりと読んでください。




はじまり。




そもそも

介護モデル(=生活モデル)

の考えの中では、




デイサービスの価値は、

その空間と時間だったのです。




なぜなら、

日中、家の代わりにそこで生活することが

目的だったからです。




なので、

食事や入浴、送迎といった補助的な機能こそあれ、




利用者の能力を

直接的に向上させるような機能(医療モデル)

はなかったわけです。




それは、

もっぱら、

医療機関が担っていたわけです。




子供に例えるなら、

デイサービスが保育園なら、

医療機関は幼稚園。




デイサービスが小学校なら、

医療機関は塾。




能力の向上や習得は二の次で、

そこで生活することに第一の意義を見出しているサービスと、




その逆の考えのサービス

との違いです。




というわけで、

デイサービスは「生活の場」と位置づけられていたわけです。




なので、




「楽しい」とか

「安心」とか

「癒し」というのは、




その「生活の場」に対するプレゼンなので、

実は全く問題ないわけです。





そもそも、

かつては、

医療機関が

医療モデルと生活モデルを

同時に担っていた時期もありました。




いわゆる待合室コミュニティです。




ただ、

それをされると診療報酬がたまらんわい!

ということで、

・医療機関では医療行為のみ!

・その他の生活はデイサービスでやってくれ!

ということで、

棲み分けられたという経緯も少なからずあります。




老人病院から特養へのシフトチェンジも同様の理由です。




ところが、

途中でデイケアというわけの分からん物が誕生しました。




なぜ、わけが分からんかと言うと、

医療モデルがしたいのか生活モデルがしたいのか

さっぱり分からないサービスだったからです。




はっきり言って、

今の時代であれば、

クリニックの横にリハ特化型デイ

というものさえあれば、

従来のデイケアのニーズはなくなるはずです。




ただ、

デイケアの利用者は、

ドクターから継続的に供給されるので、

ニーズの有無に関わらず、

しぶとく存続し続けるでしょう。




さて、

とにもかくにも、




デイケアの誕生によって、

デイサービスは揺さぶりをかけられたわけです。




それは、

お宅ってリハ機能ないよね?

というものです。




そもそも、

デイサービスは、

空間と時間が存在価値だったので、

んなもんあるわけないのです。




けど、

ちょうどその頃、

三好春樹が

生活リハビリとか言い出したもので、




うっとこも

その気になれば、

そういう機能もいけるんちゃうか?




ということで、

デイサービスの中にも、

利用者の能力向上のための機能が

入り込んできたわけです。








時代は流れて、




現在のデイサービスでは、




生活の場としてのベースを持ちつつも、




個々の利用者の問題解決をする機能も

持つようになりました。




それは、

加算式という制度の後押しもあり、

リハ的なものであったり、

栄養的なものであったり、

歯科衛生的なものであったり

するわけなんですが…




これらの中で、

最もニーズが強い

リハ的なものを

特化してやろう

というのがリハ特化型デイなのです。




ただ、

何度も言うように、

これは、

利用者の身体能力向上

という機能だけをパッケージ化した

完全なる医療モデルなのです。




なので、




同じ介護保険制度を活用しているというだけで、

従来のデイとは全くの別物なのです。





けど、




彼らが仕掛けた、

従来のデイサービスに対する攻撃、




お宅の機能はなんですか?攻撃、




つまり、

生活モデルに対する

医療モデルによるパラダイムシフト攻撃


により、




多くのデイサービスが

自身のアイデンティティを見失う可能性があるわけです。




中には、

素人なのに、

見境も無く医療モデルに飛びついて

失敗してしまう人もいるでしょう。




あるいは、

安易にリハの真似事をして、

自らのステータスを下げる人もいるでしょう。




さらには、

リハに対抗する「機能」を求めて

右往左往している人もいるでしょう。




確かに、




従来のデイは、

その空間と時間の提供と

補助的機能だけで集客できたため、




余りにも、

医療モデル的なアプローチが欠如していたし、

利用者の課題に対する問題解決の姿勢すらなかった

というのは大いに反省し改善すべきことでしょう。




マジで、

・座らせているだけ

・預かっているだけ

の所もありましたからね…。




ま、それはそうとして、




だからと言って、




本来の自らの存在価値すら見失っては

いけないわけで、




機能ばかりにとらわれて

それを捨ててしまったのでは、

それこそ何の価値もない事業になるわけです。








もうちょっと具体的に説明しましょう。




例えば、

食事サービスの場合。




とりあえず、




医療モデル=治療を目的とした食事

生活モデル=美味しい食事と楽しい時間





としましょう。




そして、

多くの人は、

前者を医療機関に

後者をデイサービスに

求めているはずです。




もちろん、

今ではデイサービスも

個別に問題解決アプローチをしているでしょうから、

前者の視点で食事を出すケースもあるでしょう。




けど、




根本的にはそうであるはずです。




ちなみに、

もし、

糖尿食専門のデイということになれば、

食事特化型デイとなり、

医療モデルになるわけです。




で、




ここでも医療モデルの人に揺さぶられるのが




いくら生活モデルと言えど、

美味しい食事と楽しい時間

だけだったら、

普通のレストランでもいいじゃない?




んなもん介護保険でやる意味あんの?




というツッコミです。




いかがでしょう?




皆さんならどう答えますか?




私の答えは↓です。




「もちろん普通のレストランに普通に行けれる人が、

一割負担で送迎付きだからという理由でデイを利用していたら

保険事業として道を外しているでしょう。

ただ、経済的なこと以外の理由、

身体機能の問題だとか認知症だとか

意欲の喪失だとかで、

普通の食事を美味しく食べれない

ましてや楽しむことなんて…

という人でも、それらを可能とする場

それこそがデイサービスが持っている

空間と時間という専門性なのです。

もちろん、そこには各種専門スタッフの

労力が注がれていますが、

それは介護として当たり前のことなので

機能と言うにはおこがましくて

言っていないだけっす。」




分かりますかね?(笑)




普通のレストランとも違うし、

医療機関モデルの食事とも違う、

生活モデルとしての食事サービス。




ここを押さえていないと

ブレるわけです。




「うちは楽しいデイサービスです!」

のプレゼンが指している

楽しい空間と時間

の裏側にはそういった専門性が存在しているわけです。





いや、

存在していないといけないわけです。








そろそろ疲れました…。








というわけで、

デイサービスにおける機能という言葉を整理すると、




1.生活モデルとしての機能

快適な生活の場、暮らしの場を提供していること




2.医療モデルとしての機能

利用者の能力向上を目的としたもの






であり、




同じ機能といっても、

それぞれどっちの機能の事を言ってるのか

定義付けしないと、

コミュニケーション障害が起きますよ


というのが、昨日の記事の後半の屁理屈です。




でもって、




1.生活モデルとしての機能

については、

そんな言い方は紛らわしいし分かりにくいから、

「場」と表現しよう

ということです。




なので、




現在の介護保険の枠組みにおいては、




機能を提供するサービス(医療モデル)は短時間

場を提供するサービス(生活モデル)は長時間




という棲み分けでいいんじゃないっすか?

ということですね。




もちろん、

リハ特化型デイの中にもコミュニティはあるだろうし、

通常のデイの中にはリハビリタイムはあるでしょうが、




お互いの基本的なスタンスはブレないように

ということです。




で、




今後、

「機能」的なデイに対抗すべく、

「場」としてのデイがすべきことは、




よりクオリティーの高い「場」を作ること(優先順位第一位)

であり、




そして、

それを損なわないように

個々の利用者に対する必要な機能を装備し、

巧みに実行していくこと(優先順位第二位)





になるでしょう。




そこさえロックオンされていれば、

もう、

お宅の機能は何なの?

という言葉に揺さぶられることはないでしょう。




ついでに言うと、




「機能デイ」のために必要な要素は

スタッフの資格と専門性ですが、




ハイクオリティな「場のデイ」を作るのに必要な要素は

スタッフのアイデアと労力と謙虚さです。

さらには、エンパワメントのホスピタリティの精神です。





目指すスタイルによりますが、

ヒントにしてみてください。








最後に、




極端な話、




もし医療モデルのパラダイムシフトに完全に影響され、

全てのデイサービスが機能的なものになり、

生活の場としてのデイがこの世から失われたとしたら…




と想像してみてください。




どうでしょうか?




もはやなんの為の機能かすら

分からなくなりますよね。




しかも、

今後、

ますます我が家やコミュニティという「場」

は失われていくでしょうから。




やはり、

「機能」と「場」は両立してこそ意味があると思うのです。




ただ、




レスパイト目的以外は

デイは機能オンリーで良いんじゃないの?

という国の方向性もチラホラお見かけするのも事実です。




ま、




それについては別の機会に。




おしまい。




☆本日の結論
「これだけの長文なんだから、少々の誤字脱字や文脈のブレは大目にみてよ。」

またまた機能の

いや、昨日の続きです。




昨日の記事でも触れましたが、

今は、

現実的には、

「場」オンリー

「機能」オンリー

のデイサービスというのはなく、




多かれ少なかれ両方の要素を持っています。




ただ、

もし、

それぞれ50%ずつの要素を持っているならば、

圧倒的に医療モデルチックなデイになります。




生活7:医療3でも

そうなるかもしれません。




それだけ医療モデルのインパクトは強いのです。




その理由は、

ニーズが分かりやすく顕在化されているからです。




一方の介護モデル(=生活モデル)は、

ニーズが抽象的なので、

利用者的にも

その恩恵に授かっている感が少ないのです。




しいて言うなら、

「失ってみて初めてありがたみが分かる」

という感じでしょうか。




ばってん、




介護モデルでも、

バキバキにニーズが顕在化されているものもあります。




それがレスパイトです。




なので、

当然、

レスパイト利用に対する許容範囲の広さというのは、

即、「場のデイ」の強みになります。




そして、

デイ以外にも目を移すと、




そのニーズに対する最強の施設があります。




それが特養です。




そして、

その次がグループホームです。




よって、

特養&GHが、

「この人は難しいから」

という理由で入居を断っていたのでは

話にならないっちゅうわけです。




さて、




そう考えると、




デイケア同様に、

老健もわけの分からん施設ということになります。




医療モデル施設でありながら、

利用ニーズはレスパイトですからね。




医療モデルを貫くのなら、

リハ特化型デイみたいに、

レスパイト利用を断るのが本筋でしょうが、




まあ、諸事情により

そうも言ってられないのでしょう。




で、




せっかく入居施設の話も出たことだし、




今日は特養と老健を比較しながら、

入居施設における

生活モデルと医療モデルの立ち位置を

書いてみようと思います。




まずは特養の場合。




生活の「場」とその担い手の介護士

という絶対的な生活モデルベースがあって、

それをサポートするべく看護・リハ・栄養等の

医療モデルが存在する。





生活のクオリティーを向上させるという目的にための

医療モデルという手段。





ケアプランの考えは、

生活のクオリティーを上げていくことであり、

個々にその方向性を見出すこと。(生活モデル)

そして、それを可能にすべく能力向上を試み

また、それを阻害する要因も取り除く(医療モデル)

というもの。







それを達成するための組織作りのポイントは、

介護スタッフによるビジョン&提案を基礎とした上で、

他専門職とのコラボレーションでケアのパワーアップ!

あるいは、

他専門職による介護スタッフへのコンサルテーションにより

介護スタッフのポテンシャルアップ!

というのが理想。









次に老健の場合。




能力向上という医療モデルがベースなんだけど、

一応24時間生活施設ちゅうことなんで、

そっちは介護スタッフの方でよろしゅうに。





けど、

医療モデルが作り出した能力向上を

生活の中でも強化していかんと

台無しになるでぇ。





ケアプランでは、

能力向上のための医療モデルと、

それを最大化するための生活(医療モデル?生活モデル?)

を提案していかんとな。





ちゅーことは、組織作りのポイントは、

医療専門職主導による

介護スタッフとのコラボレーションやな。





という感じでしょか?




※老健部分だけ口語調なのは、

分かりやすく表現しただけであり、

決して悪意はありませんので。





上記の中で重要な部分が二つあります。




一つは、

特養での、

「生活のクオリティーの向上」

という部分です。




これが非常に曖昧になりやすいです。




そのため、

ここは施設の理念が必要になります。




理念がなければ、

クオリティーの向上を議論する上での軸がなく、

ブレブレになります。




二つ目は、

老健の「生活」の部分です。




ここを

徹底して医療モデルで染めるのか?

あるいは、

割り切って単なる生活の場にしてしまうのか?

ということですね。




私は、

3ヶ月という期間限定なら、

24時間完全医療モデルというのも

ありだと思っています。

※もちろん対象者にもよりますが。




ただ、

現実は、

ここいらが非常に曖昧で中途半端なものに

なっているのだろうと察します。




ちなみに、




特養の場合でも、

トップが医療系専門職であれば、

医療モデルチックになりやすいです。




あと、




何かと物議をかもしている

特養における竹〇式オムツ外しの取り組み

についてですが、




この取り組み自体は医療モデルであり、

生活のクオリティーを上げる上での

一手段に過ぎないと考えています。




そこで注意すべきは、

オムツゼロというスローガンを掲げ

それを優先順位第一としてガチでやってしまうと、

生活の場である特養そのものが

医療モデルになってしまうということです。




それだけ、

医療モデルのインパクトは強いのです。




もしそうなってしまったら、

特養は老健のように期間がないので、

利用者は生涯24時間

医療モデルの中で生活することになります。





というわけなので、




もしそういう取り組みをガチでやるなら、

それに負けないだけの生活モデルビジョンを掲げ、

実践していく必要があるでしょう。




でなければ、

手段が目的になり、本末転倒となります。




最後に、




特養の組織作りについて、

「介護スタッフによるビジョン&提案を基礎とした上で、

他専門職とのコラボレーションでケアのパワーアップ!」


と書きましたが、




これは介護スタッフに

ある程度以上の能力がなければ

成立しない話です。




よって、




現実的には、




ここでも

個々のポテンシャルが高い

医療専門職がリードしがちになっていると思います。




まあ、それはそれで仕方がないかもしれません。




なので、「理想」と書きました。




健闘を祈る。




☆本日の結論
「昨日と今日で一週間分書いたで。」

やはり、分かりにくいので、

もっと分かりやすく書いてみます。




医療モデル=機能型施設

生活モデル=場の施設





としましょう。




あなたの(自宅以外での)生活に例えるなら、




身体を仕上げるためのスポーツクラブや

教養や知識を身につけるための

習い事やセミナー会場というのは

機能型施設になります




喫茶店やレストラン、キャバクラという場

そして、合コン会場というのは

場の施設になります。




そして、

スポーツクラブでのコミュニティ活動や

セミナー会場での交流というように、

機能型施設の中にも多少なりとも「場」の要素はあります。




同様に、




キャバクラでコミュニケーション術を覚え

合コンで異性の生態を学ぶというように、

場の施設の中にも機能的な要素はあります。




ちょうど同じくらい両方の要素を持っているのが、

美容院(容姿を仕上げる機能+癒される場)や

ゴルフ場(健康作りの機能+社交や趣味やいきがいの場)

でしょうか。




同じゴルフでも、

練習場は機能型施設になります。

(中には社交目的のオヤジもいますが)




以上を見ても分かるとおり、




機能型施設を利用する動機は、

場の施設で活躍するためです。




機能型施設=手段

場の施設=目的

です。





自身の能力が向上すればするほど、

それを発揮する「場」に登場したいという

動機が強くなります。




逆の見方をすると、




向上した能力を発揮できる「場」があるからこそ、

機能型施設を利用する意味があるのです。




このように機能型施設と場の施設は

その相乗効果によって、

より大きな成果を発揮する構造

になっているのです。





で、




要支援・要介護の方に話を戻して考えると、




自宅や地域の中に、

自分の力を発揮して喜びや生きがいにつながるような

「場」が用意されていれば、

わざわざ「場のデイ」を利用する必要は無いわけです。




活躍に必要な能力を

機能型施設で仕上げるだけで良いでしょう。




つまり

リハ特化型デイの利用のみ

といったケアプランで良いわけです。




ちなみに、

自宅や地域の中に、

自分の力を発揮して喜びや生きがいにつながるような

「場」を用意する、あるいは発掘する

という作業は、




地域包括支援センターのスタッフはもちろん、

居宅のケアマネージャーにとっても

今後、ますます重要になってくると思います。




いわゆるインフォーマルサービスの活用ですね。




以前の記事の後半に少し書きましたが、

今、国の考えは、

「要支援レベルの人なら、

インフォーマルな『場』で十分だろうから、

今後はデイでなくて、そっちで頼むよ。」


という感じです。




私もそれが理想だと思います。




僭越ながら、

うちの地域にある「どまんなか」は、

まさにそういう「場」です。




ばってん、

現実はそうはいかなくて、




自宅や地域の中にそういう場がない

あるいは、あってもマッチしない

という方が多いわけです。




介護度が重い方はもちろん、

軽い方でも、

パーソナリティの問題や

地域性の問題や

人間関係の問題等

理由は様々です。




そういう方のための「場のデイ」

というわけです。




だから、




「場のデイ」のニーズが高い利用者は、

必然的に「難しい人」が多くなるわけです(笑)。





社会性は高いけど、足腰が…

という人はリハ特化型デイで十分なのです。




もうお分かりかと思いますが、




時に「場のデイ」が批判される理由は、




自宅や地域の中に十分な「場」があり、

しっかりと活用できている人が、

介護保険で料金が安いからという理由で

「場のデイ」でカラオケや手芸に興じて、

本当に「場のデイ」のニーズが高い人を押しのけている

という場面が多く見るられるからです。




これは、

デイサービス側の責任だけでなく、

ケアマネージャーの責任でもありますが…。




そんなこんなで、

「場のデイ」批判があることは間違いないのですが、




それはあくまで上記のように、

本来の「場のデイ」の役割を全うしていないからであり、




機能(=医療モデル)がない

からではないのですよ。

(このテーマの最初の記事の疑問に戻る)




そこんとこがごちゃ混ぜになっている人が多いので、

一度きちんと整理した上で、




自らの施設の進むべき道

力を入れるべきポイント

を定めていただきたいと思い、




長々と書きました。




ご清聴ありがとうございました。




☆本日の結論
「まあ、書いている私が一番スッキリしてるんですけどね。」

他職種の人に、

その人の分野に関して意見する。




これって、

とても気を使わないといけないことなのです。




例えば、




・栄養士が看護師に薬の変更の提案をする。

・看護師が介護スタッフにレクのダメだしをする。

・介護スタッフがリハスタッフにリハの有効性を問う。





というような感じです。




いくらその人に正しい知識があったとしても、

勉強・経験していたとしても、




俺らの仕事に関して、

オメーには言われたくねぇよ。





という感情が多かれ少なかれ生まれるのが人間です。




この感情の存在が、

他職種共同の作業を難しくしています。




特に一般的なステータスが低い職種の人が

高い職種の人に意見する時は、

その感情も増大します。




※ここで言うステータスとは、

その専門資格を取るための難解さ

ということで判断してください。




だからと言って、




良い意見や気付きがあっても黙っている

というのでは、

利用者のために有益な連携にはなりませんよね。




なので、

言えば良いと思います。




但し、




気をつけることが二つ。




1.できるだけ1対1の場面でコソッと伝える。

他職種に自分の仕事のことを指摘されるのは屈辱です。

ましてや皆が参加しているカンファレンスの場で

それを言われるのは耐え難かったりします。




よって、

カンファレンスの休憩時間や終了後に

1対1の状況でコソッと伝えましょう。




あるいは、

やむを得ずカンファレンス中に言うとしても、

席が隣とかなら、

小声でコソっと伝えましょう。




2.謙虚な枕詞を添えて、自信なさそうに伝える。

冒頭で、

「すいません、あくまで素人考えですけど…」

「私の言っていることは的外れかもしれませんけど…」


ということを言ってから伝えましょう。




また、

堂々と言うのはケンカを売っているのと同じなので、

仮に、自分の言っていることは正しいという確証があったとしても、

とにかく自信なさそうに伝えましょう。




オレは、

他職種の人のことでも

良く知ってるんだぜぃ!

スゲぇだろ!

という態度が一番マズイです。





というように、

他職種間で良いチームワークを維持するなら

そういう配慮が必要なのです。




あの落合氏でさえ、

監督時代、

部下でありピッチングコーチの森氏に意見する時は、

「おれ、ピッチャーのことは全然知らねーけど、

〇〇は〇〇した方がいいような気がするなぁ」


というニュアンスで伝えていたらしいです。




もし、

「おい、あのピッチャーはもう替えろ!」

と言っていたら、

森氏もいつか

「監督はバッター出身のくせに…」

と思っていたでしょう。




以上、

皆さんも気をつけましょう。




☆本日の結論
「落合氏と森氏に関しては明日も登場します。」

「参謀」 

著:森 繁和





8年間、落合監督の元で

コーチとして参謀役をこなした

森氏の本です。




落合氏の「采配」の姉妹本のような感じです。




「采配」を読んでタメになった

と思った人にはありです。




特に、

面白かったのは、

最後から二つ目の章でした。




そこには、

組織の中間管理職として

かなり重要なヒントが書かれています。




野球選手でありながら、

そこに気が付いていた森氏は凄い。




落合氏が全面的に信頼するはずです。




この本には、

森氏(部下)から見た落合氏(トップ)

の評価も多く書いており、




組織のナンバー2だけでなく、

トップの在り方としての勉強にもなります。




また、

最近よくある、

体罰に対する考えも書いてあるので、

そのへんも興味深く読めると思います。




お勧め度 ★★★★☆




☆本日の結論
「こういう人が部下(参謀)だとトップは楽だろうなぁ。」

論理よりも感情が優先するからねぇ




私が介護関係のスタッフや

その職場そのものを表現する時に

良く使うフレーズです。




なので、

介護業界の中で、

物事を進めていくときはというのは、

・感情への配慮なくしては正論も通らない

という考え方や、

・感情が入る隙がないくらいの圧倒的なロジック

というものが必要になります。




なぜそのような構造になってしまうのかというと、

1.多くのスタッフは論理で考えるという

  〇的作業が苦手、あるいは面倒がる。

2.介護の仕事は論理の実証性が乏しい。


という介護業界の特徴があるからです。




1.に関しての説明は、ここではスルーします(笑)。




2.に関しては、

認知的不協和という言葉を用いながら

説明してみたいと思います。




この認知的不協和という言葉に馴染みがない人は、

ググッて調べてから以下の記事を読んでください。

でなければ、さっぱり分からないようになっています。




で、




例えば、

営業職やキャバ嬢であれば、




営業成績という、

客観的なデータにより、

仕事の結果が実証されますよね。




その結果、




「人に教えてもらいたくない」

「人に指図されたくない」

「私は間違っていないはず」

という感情があったとしても、




「こうすれば確実に売り上げが伸びる」

「このやり方の方が明らかに効率が良い」

という論理(正論)を受け入れやすいのです。




つまり、

上記のような相反する二つの要素の対立

いわゆる認知的不協和のような状況において、

論理が感情に勝利しやすくなるわけです。




もちろん、

上記の例においても、

認知的不協和の解消法としてよく登場する

「新しい認知の追加」=「言い訳」「すり替え」

が用いられることは多いでしょう。




「私は運が悪かっただけ。」

とか、

「あの先輩は卑怯な手を使っているだけで実力ではない。」

というものです。




まあ、

多少、そういうことがあったとしても、




客観的なデータの存在というのは、

人を素直にさせやすい


ということですね。




ところが、




介護の仕事というのは、

そのデータが非常に乏しいために、

論理が弱くなってしまうのです。





例えば、




「利用者にはきちんと敬語で話をしましょう。」

という指導に対して、




(1)利用者に敬語でなんか話たくねーよ。

(2)そもそも利用者にそこまでして気を使うのは嫌だし。

(3)今までタメ口で話をしていた自分は間違っていない。


等の感情と、




(4)敬語で話をしないと利用者に失礼でしょ。

という論理が対立したとき、




・多くの利用者はタメ口で話しても明らかな不快感を示さない。

という現状があるがために、

客観的なデータが取れず、

(4)の論理が実証できないわけです。




なので、

「(4)の論理も分からないこともないけど…

ま、タメ口でもいいんじゃないのかな。」

という具合に(1)、(2)、(3)の感情が勝ってしまうのです。




但し、




(1)、(2)、(3)の感情は、

「私は介護の仕事をしている心優しき人間だ」

という現実と、

これまた認知的不協和を起こしてしまい

心地悪いので(笑)、





・タメ口の方が家庭的だ

・信頼関係が出来ていればタメ口でもOK





という「新しい認知」=「言い訳」

を追加することによって、

自分を納得させようとします。




あるいは、

・経営者は言葉使いだけ改善して格好つけようとしている

・言葉使いの改善の前に、我々にはするべきことがあるだろう。

・敬語で話せというのは、主任の個人的な価値観に過ぎない。


という「新しい認知」=「すり替え」

を追加することによって、

論理そのものを逓減させようとします。




多くの反敬語派の方々は、

無意識的に

このようなプロセスで思考しています。




というわけで、

敬語の指導を行う時は、




これらの内容を踏まえた上で、




感情への配慮を徹底し、

一人一人コーチング方式でじっくり指導する

(=敬語で話すことがあたかも自分のアイデアのように誘導する)

か、




全く言い訳ができない圧倒的なロジックで強引に納得させる

(=客観的データの不足を十分補う強烈な論理で感情を押さえ込む)

か、





の二択しかないと思うのです。




中途半端に進めると、

モチベーションダウンや上司批判

につながる可能性があるので、

注意が必要ですね。




☆本日の結論
「敬語指導の圧倒的なロジックはコチラで学んでください。」

本日の嘆き

わたしといういきものは、




どうしてみずからしっぱいをけいけんしないと




がくしゅうできないのでしょうかねぇ。




本日の結論
「すなおさがたりないからです。」

いいアイデアが浮かんだので、

特別に読者の皆さんにお知らせします。




「こういうデイサービスってどう?」

という企画物です。




「場のデイ」の提案としては、

・活動的

・リラックス

・和気あいあい

・笑顔

・のんびり





というキーワードが多いと思います。




業界の99.9%の方がそっち方面で考えると思います。




で、




全く逆の発想で私が考えたのが、








スーツを着て行くデイサービス

です。




正確には、

スーツを来て行きたくなるような雰囲気のデイサービス

ですが。




いかがでしょう?




さすがに、これ以上の詳細は言えませんが、




私は大いにありだと思います。




☆本日の結論
「ただし、私のシュミレーションでは採算が合いません。」

昨日のスーツデイが評判良かったので、

ちょっと追加で書いてみます。




普通のデイだと、




利用者「明日からワシがデイサービスに行くんか?

     ほんならきちんとした格好で行かんとな」



スタッフ「いえいえ、気軽な格好で来てください。

     運動もあるので動きやすい格好の方が良いです。

     ジャージで来られている方もいますよ。」



利用者「そ、そうか、そんなもんか…。」




となりますね。




スーツデイの場合だと、




利用者「明日からワシがデイサービスに行くんか?

     ほんならきちんとした格好で行かんとな」



スタッフ「そうですねぇ。基本的に服装は自由なんですが、

     なぜかうちに来られる方はビシッと決めて来られている方が

     多いようです。」



利用者「そ、そうなんか?おい婆さん!昔着とった背広ないかのう?」


スタッフ「あ、その服は格好いいですねぇ。お似合いですよ。」


利用者「でもなぁ、せっかくこんな服着ても、

     ワシみたいによろよろ歩いてたんじゃあ、

     様にならんわい。」



スタッフ「そんなことないですけどね…。

     でも、どうしても気になるのであれば、

     うちに来られる前に1ヶ月くらい

     姿勢と歩行の練習をされたらどうですか?」



利用者「お宅はそんなリハビリもしているのか?」


スタッフ「いえ、うちのデイではやっていないですけど、

     今頃はそういうデイもあるので。」



利用者「分かった、そこでしっかり鍛えて、

     1ヶ月後には胸を張ってあんたのとこに行くよ。」



スタッフ「楽しみにしています!」




という感じになります。




まあ、かなり希望的観測ですが…。




ただ、これはあくまで、

スーツデイ効果の一例であって、

他にもたくさんの効果が期待できます。




色々と想像してみてください。




☆本日の結論
「でも、やはり、採算が…。」

以前の記事で、

多くの介護職員が利用者に敬語を使わない

という現象を、

「認知的不協和」という言葉で解説しましたが、




今日は、

利用者サイドの認知的不協和

という視点で書いてみます。




多くの利用者は、




「私は年配なのだから

若者は当然私には敬語で話しかけてくる。」




という認知(認知①)を持っています。




ところが、




なぜか介護職員はタメ口で話しかけてきます。(事実=認知②)




で、




認知的不協和発生です。




認知的不協和の状態は、

非常に心地悪いため、

解消する必要があります。




このケースであれば、

認知①か認知②をのどちらかを

逓減させるのが一番手っ取り早いわけです。




認知①を逓減させるには、

「私は年配だけど価値のない人間だから

タメ口で話しかけられても仕方がない。」


と考えることです。




認知②を逓減させるには、

「この介護職員は失礼なヤツだ」

と考えることです。




認知②を逓減させるには

介護職員に対して不快感をあらわにして

相手の態度を変えさせる必要があるのですが、

多くの利用者はそれほどの自信もエネルギーもないので、

認知①の逓減策を選択します。




ということで、




多くの施設利用者は、

介護職員からタメ口で話しかけられることによって

自信を失っていくわけです。




また、




例によって、

認知③を新たに登場させる手もあります。




さて、




ここで考えてみてください。




利用者が上記の認知的不協和を解消させるために、

・この介護士は私と信頼関係を築いているから。

・ここは家庭的な場所だから。


という認知を新たに発生させるでしょうか?




ありえへんですよね。




なので、

これらの認知というのは、

介護職員サイドだけの一方的なもの、




つまり、

自分達にとって都合の良い認知=言い訳

だということです。




では、




利用者はいったいどのような認知③を

発生させるのでしょうか?




私の推測はこんな↓感じです。




1.ここは不愉快な空間だが、

 私は世話になっているので我慢する必要がある。

 (自分を納得させるための材料探し)



2.施設という所は私の常識が通用しない独特の空間なのだ。

 (認知的不協和な空間として認知しようとする)



3.ここは私の本来の居場所ではない。

 (認知的不協和空間からの脱出)



4.もうどうでもいい

 (認知的不協和の消失=認知症の進行)





1と2は、

無理やり自分を納得させる=あきらめ

ですね。




3は、

徘徊や脱走、暴言という形で抵抗を試みますが、

遅かれ早かれ4になっていくでしょう。




心理学の専門家の方が見ると、

「こら!いい加減なことばかり書くな!」

と言われそうですが、




おおむね、

私の言いたいことは分かってくださると思います。




要するに、




介護職員がきちんと敬語で話してさえおけば、

なんの認知的不協和も発生せず、

ノープロブレムでしょ。




ということです。




☆本日の結論
「利用者に認知的不協和を起こさせないように配慮しながらケアしましょう。」

もしも、




日本中の施設で

職員の敬語が徹底されたら、




逆に、

私は、

タメ口デイを作りたいです。




入所施設はなしでしょうが、

デイならありかもしれません。




あえてそういうデイを選んで来る

というのがポイントです。




利用者が主体的にドMな環境を希望しているわけですから。




特に亭主関白なお爺さんは、

そういうニーズがあるかもしれません。




送迎者の乗り降りに時間がかかったら、

介護士に「チッ」と舌打ちされる。




トイレ誘導のたびに

「便器汚すなよ!」

と注意を促される。




歩行訓練でヨタついたら、

「根性出せよな」

と激励される。




「介護してやってんだよ」

が職員の口癖。




そんなデイです。




短時間利用からいかがでしょう?




☆本日の結論
「丁寧なデイとのギャップがたまらんでしょうねぇ。」

先日の見学者の中に看護師がおりまして

その方が、

「看護師はプライドが高くて困るとよく聞くんですが…」

と言っておりました。




そのとき、

私はあえて何も言いませんでしたが、




この問題は、

「介護業界における看護師は…」

というように考えるべきですね。




専門職なのだから、

ある程度プライドが高いのは当たり前で、




皆が嫌っているのは、

そのプライドが利己的な言動へと変貌することですね。




で、




介護業界に看護師がやってくると、

変貌しやすいということです。




もちろん、

皆がそうだということではなく、

そういう方が比較的多い印象を受ける

というレベルの話です。




しかも、

これは看護師に限ったことではなく、




同じ構造に放り込まれたら

どの職種の人でもそうなってしまいます。





看護師の場合で説明すると、




医師→看護師→看護助手(あるいは介護士)

というヒエラルキーが

絶対的な認知としてあります。

(認知①)




ところが、

介護施設にやってくると、

看護師と介護士が同列になってしまいます。

むしろ、介護士の方が主役になってしまいます。

(認知②)




そこで、

「なんで私が介護士と同じレベルになっちゃうわけ?」

という認知的不協和が発生します。




それを解消するための、

新たな認知として、

「介護施設は医療の場ではなく生活の場だから」

という言葉を持ち出すのですが、

(認知③)




それだけで不協和が解消されるわけもなく、

表面上は認知③への理解を示すものの、




水面下で認知②を逓減させることによって、

認知①を強化させようとします。




その方法として、

言動の端々に、

「私はあなたたちと同じレベルじゃなくてよ。」

というメッセージが散りばめられたりします。




(事実、看護師の方がポテンシャルが高いですから、

同じであるはずがないんですけどね。)




その活動が、

介護士から見れば、

「プライドが高くて困る」

と映っているだけです。




なので、

ポイントは、

いかにして認知③を正しく理解してもらえるか

ということになります。




特に役割責任に関して。




最初からそれをきちんと理解してくれている人は

とてもありがたいですね。




ただ、

多くの場合、

そのロジックが弱いと、

上記のような問題が発生する可能性が高くなるでしょう。




だったら、

いっそのこと、

素直に認知①を認めたほうが丸く収まります。




但し、

その施設は医療モデルになりますが。




☆本日の結論
「職種で人を判断しないように努めましょう。」

「うちの施設なんて大したことないですよ…」




施設の管理者や

見学案内してくださる方が、




このように言うことがある。




いや、

90%以上の確率でこのように言う。




しかも、それは

日本人特有の謙遜ではなく、

ガチで言っていることがほとんどだ。




もちろん、

施設の状態も好・不調の波はあるだろう。

常にベストな状態ではないだろう。




だが、

それ以前の問題、

つまり、

自施設に対する絶対的な評価として

上記の言葉を言っている人が多いと思う。




百歩譲って、

「今は胸を張って自慢できる状態ではないけど、

3年計画で建て直しを図っております。」

というビジョンは欲しいところだが、




それすら

あるのかないのか怪しいケースが、

これまた多い。




この状況を打開するためには、




とりあえず、




ウソでも何でもいいから、




トップ自ら、

「ウチの施設は素晴らしいですよ!」

と言い切るところから始めるしかないと思う。




てか、

利用者やその家族のためにも、

そう言わないと失礼でしょ。




最初のうちは、

ホラ吹き扱いされるだろうが、




不思議なことに、

次第に

現場のレベルが言葉に追いついくるのだ。





すると、

現場のスタッフたちも、

「ウチの施設は凄いよ!」

と胸を張って言うようになるだろう。




ちなみに、

この原理を活用していたのが、

現役時代の落合氏の三冠王宣言。

監督時代の落合氏の優勝宣言。

である。




☆本日の結論
「自分にプレッシャーをかけるということ。」

ド緊張

本日、

とある式典で

壇上にて挨拶をすることがありました。




初めての経験なので、

はっきり言って緊張しました。




出番直前まで、

頭の中で何度も何度も

言葉をシュミレーションしていました。




「こういう時は禅の精神だ!」

と思い腹式呼吸をしましたが、

全く効果がありませんでした。




余りの緊張のため、

壇上に上がった時、

日の丸への敬礼を忘れてしまいました。




愛国心を疑われたらまずいので、

帰りにはしっかりと礼をしました。




そんなこんなで、




久しく忘れていた緊張感を

味わうことで、




自分が生きていることを

強く実感することができました。




達成感や喜びもありました。




そして、




是非、

入居者の皆様にも

同じ経験をしていただきたいと思いました(笑)。




もちろん別の形で。




☆本日の結論
「緊張も度が過ぎると身体に悪い。」

とある事情により、




明日から、




全く新しい形での




リーダー論を書いてみようと思います。




お楽しみに。




☆本日の結論
「暑さ寒さも彼岸まで。」

本日のリーダー論は、

コチラにまとめております。

ご覧ください。











































☆本日の結論
「いやぁ、なかなか書くタイミングがなくて…」

リーダー論は小休止して、




最近(私だけ)流行の

認知的不協和について。




この言葉を、

いまだにググッていない方は↓をどうぞ。




説明その1

説明その2




さて、




そもそも、




お年寄りを介護するということは、





「目上の存在で尊敬すべき対象であるお年寄り」

という認知①と、




「自分が世話をしてあげないと生活できない弱い人」

という認知②が共存しているように、




利用者の存在そのものが、

認知的不協和を引き起こしているのです。





これが、

介護業界の不安定さ、

難しさの源です。




認知①を優先すれば、

お年寄りに心底親切な介護士が生まれるし、




認知②が優先されれば、

虐待という行動が生まれるわけです。




ただ、

多くの人は、

このように両極端にならず、




「お年寄りはお客さんだし、

私は給料をもらっているのだから、

親切にすべき。」





あるいは、




「確かに目上の存在ではあるけど、

介護は家庭的な関係で行われるものだから、

それほど敬意を示す必要もないだろう。」





というような、新たな認知③を登場させ、




認知①と認知②を無理やり共存させているのです。




その結果、

親切なんだけどタメ口で声かけする。

というような中途半端な立ち位置で

仕事をしているわけです。




で、




このような介護の不安定さを打破するためには、




強力な認知=理念というものが必要なのだと思います。




そして、その理念の説明の中で、




なぜ、認知①を強化する必要があるのか?

なぜ、認知②を逓減させる必要があるのか?




というロジックを完成させておけばベストですね。




☆本日の結論
「理念は大事。」


お待たせしました。

いよいよリーダー論です。




・リーダーとは?

・リーダーシップとは?


という問いには、

無限の答えや考え方があるように思います。




また、

それを論じている人によって、

それらの言葉の範疇も異なります。




例えば、

このブログでは、




・目的・ビジョンの発信

・大事な局面での判断

・最終責任


という役割は「リーダーシップ」で、




・仕事の構造化

・部下の指導・フォロー


という役割は「マネジメント」だと主張しています。




一方で、




マネジメントもひっくるめたものが

リーダーシップだと定義している人もいます。




まあ、

それは個人の勝手なので、

どっちでも良いのですが、




どういう形であれ、

自分の頭の中で

きちんと整理しておく必要があるでしょう。




でなければ、

その都度、混乱するでしょう。




とにかく、




リーダーに関する考え方は、

非常に広範囲なので、

なかなか体系化しにくいのです。




なので、

何らかの尺度の中で考えた方が分かりやすい。

と私は考えています。




で、




今回は、

介護リーダーを

タイプ別に分けて考えてみようと思ったわけです。





まずは、




・細身タイプ

・肥満タイプ

・バキバキタイプ


というように体型別に分けてみようかと思いましたが、

よく分かりませんでした。




ちなみに、

クレッチマーという学者が

それをやっています。

興味がある方はこちらで調べて下さい。




次に、

リーダー=大将と考え、




・青雉タイプ

・黄猿タイプ

・赤犬タイプ


に分けて考えようと思いましたが、

イマイチ私の気持ちが盛り上がりませんでした。




でも、




なんか、良い所まで来たような気がしました。




で、




最終的には、




・独裁型

・民主型

・放任型


に分けて考えてみよう

ということで、しっくりきました。




ちなみにこれは、

レヴィンという学者が分類したものです。




賢い先人が試行錯誤した結果の分類なので、

有効性の高さは期待できます。




レヴィンさんの実験は子供相手でしたが、

果たして介護スタッフ相手だと

それらがどう作用するのでしょうか?




興味深いですね。




ところで、

あなたは何型でしょうか?




続く。




☆本日の結論
「レヴィンさんの研究が気になる方はコチラで予習しておいてください。」

今回から、




・独裁型

・民主型

・放任型


の三分類で介護リーダーを考えていきます。




と、その前に、

とても重要なポイントがありまして、




それは、

どのタイプであれ、

利己的ではダメだということです。




独裁型利己的リーダーの場合

「皆、オレの命令に絶対的に従え!

けど、責任はお前らが取れ!

もちろん手柄はオレのものだけど。」

という最悪の形になります。




民主型利己的リーダーの場合

自分の都合の良い意見しか採択しないので、

間もなくその民主性が疑われることになるでしょう。

また、

「お前らの考えでやったことなんだから、

当然、お前らが責任を取れよ。」

という責任逃れのロジックが最も成立しやすいパターンです。




放任型利己的リーダーの場合

自分が楽したいという傾向が強く、

リーダー自身どんどん仕事をしなくなるでしょう。

もちろん真っ先に責任放棄するでしょう。




という具合に、

利己的であれば、

どのタイプでも全滅してしまします。




一般的には、




利己的ではないリーダー=民主型

仕事に対する動機の強い利己的なリーダー=独裁型

仕事に対する動機の弱い利己的なリーダー=放任型


というように、




利己的かどうかの有無やその内容によって、

自然とこれらのタイプに分かれるのだと思います。




けど、

もしかしたら、

利己的なリーダーが巧みに民主的な管理を試みたり、

利己的でないリーダーが戦略的に放任型な管理をする

ということもあるかもしれません。




例えば、

レヴィンさんの実験で、

最も生産性が高いとされていた民主型にしても、

リーダーが隠れ利己的野郎だったとするなら、

チームは徐々に歪(いびつ)になり、

最終的には崩壊してしまうでしょう。




逆に、

最も生産性の低いとされていた放任型にしても、

もしそのリーダーが利己的でないのであれば、

それは計算された放任であり、

ポテンシャルの高いチームを作り出す可能性が

あるかもしれません。




ということで、




実は、




リーダーを評価する時に

最も大きな分類は、

利己的タイプor非利己的タイプ

なんですね。




ま、




それは、以前に書いてますので、




今回は、




「リーダーに指名されるような人は利己的ではない」

という前提で三分類を考えていきたいと思います。




続く。




☆本日の結論
「リーダーになると二つの壁が出てくる。一つは能力の壁。もう一つは自分の利己主義を思い知らさせる壁。」

では、

今日から本格的に、

介護リーダーを、

・独裁型

・民主型

・放任型


に分けて考えていきます。




まず、

この中で一番気になるのは、

放任型ですね。




このタイプの特徴は、

「自分のやりたいケアがない」

ということです。




自分にビジョンがないので、

部下の好きにやらせているのです。




でも、

事故が発生したり、

サービス残業が発生したりすれば、

自分の責任になるので、

そういうことろは押さえようとします。




また、

このタイプのリーダーの致命的な欠点は、

新人教育を任せられない

ということです。




仮に新人教育を担ったとしても

業務と介護の方法しか教えられませんから。




放任型リーダーの元で、

新人が介護を好きになるということはないでしょう。




なので、

熱い思いを持っている新人にとっては、

大いに物足らないリーダーとなります。




悪い面ばかり書きましたが、

良い面もあります。




「楽がしたい」というスタッフには好かれます(笑)。




まあ、

これは一般的な放任型ですが、




昨日の記事で書いたように、

高度な放任型もあります。




それが

落合氏のオレ竜型です。




上司は細かいことにイチイチ口出しせず、

一人一人の部下が責任を持ち、

自分の頭で考えて仕事をする。


そんなチームを目指すものです。




ただし、

このスタイルには大前提があります。




それは、




・明確なビジョンを掲げ

・競争原理を働かせ部下が本気を出さざるを得ない環境を作り

・部下に自分で考えさせるように働きかけ

・部下の働きの様子を観察し続け

・公平な目で評価していく


ということです。




オレ竜の場合は、

・毎年「優勝」を目標とし

・1軍2軍の壁を取っ払い競争させ、練習時間も増やすが

・練習内容は選手に考えさせ

・コーチはその様子をひたすら観察し続け

・好き嫌い排除し、能力と調子で選手を評価する


ということを8年間続けてきました。




なので、

・ビジョンなし

・本気になる環境作りはしない

・考えさせる働きかけもしない

・観察もしない

・評価もしない


というのでは、

放任型の最悪パターンだということが

お分かりだと思います。




せめて、

・明確なビジョンを掲げ、

・部下の仕事ぶりをしっかり観察し、

・適正に評価する。


というくらいのアクションは欲しいところです。




まぁ、

とにもかくにも、

ビジョンの有無ですかね。




最後にもう一つ

オレ竜型には条件があります。




それは、




部下がある程度以上の

ポテンシャルを持っていること


です。




なので、




個々のスタッフの絶対的な能力が足りておらず

十分なケアが出来ていない状況下では、




一般的な放任型はもちろん、

オレ竜型ですら、

成果を上げることはできないでしょう。




ちなみに、

その場合に、

最も成果を上げるのは、




















独裁型です。




続く。




☆本日の結論
「放任型はその中身で雲泥の差がある。」

放任型とは対極のタイプに当たるのが

独裁型です。




一般的に、

ミッション遂行動機が強い場合、

どうしても部下への配慮が疎かになりがちです。

それが独裁型の特徴です。




逆に、

ミッション遂行動機が弱い場合、

(てか、ミッションそのものがない場合)

部下への配慮は行き届きやすいです。

それが放任型です。




ちなみに、

ミッション遂行動機も弱く、

部下への配慮も欠けているというのは、

リーダーとしての機能停止状態と言えます。




なので、




(オレ竜型ではなく)一般的な放任型リーダーは、

ミッション遂行よりも部下との関係を重視します。

「部下に嫌われるくらいならケアの質が落ちても良い」

と平気で考えます。





その結果、

いわゆるなあなあチームが出来上がります。




このタイプのリーダーが言う、

「私は部下を信頼しているから任せている。」

というのは全くの詭弁です。




その言葉に説得力があるのは、

同じ放任型でも、

オレ竜型を実行している場合のみです。




そこのところは、

しっかりと見極めるようにしたいものです。




さて、




独裁型についてですが、




このタイプのリーダーは、




チームが絶好調の時と

チームが最悪の時に

力を発揮します。





特に、

メンバーの能力が低くて

まともなケアすら出来ないような(最悪の)時は、

独裁型リーダーはとても頼りになります。




文字通り、戦国時代に重宝されるキャラです。




ただ、

天下泰平になったら

マイナス面の方が目立ってしまいます。




・厳しいノルマ

・仕事内容への強いこだわり

・強い緊張感


といったミッション遂行動機の強さと、




・ねぎらいの言葉がない

・言葉がきつい

・相談しにくい雰囲気


といった部下への配慮のなさが災いして、




チーム状態が安定すると、

徐々に煙たがられるようになります。




最終的には、

「本能寺の変」が起きてしまいます(笑)。





そうなってしまわないように、

独裁型リーダーは、

チーム状態の変化と共に、

自分自身も次第に民主型へと変化させる必要があります。




新人教育に関しては、




新卒者やズブの素人を教えるのなら

独裁型が適しています。




バッチリ鍛えてくれます。




知識や技術も多く与えてくれるし、

仕事のルールも徹底させてくれるし、

現場でもキレのある動きが出来るようになるでしょう。




ただ、

独裁型リーダーは、

何でも自分で考え、

先に指示を出してしまうので、




「部下が自分で考えて仕事をする」

というレベルには仕上げられないでしょう。





また、

同じ新人でも経験者の場合は、

反発される可能性が高いです。




介護経験のある中途採用者を

独裁型リーダーの部下にすると、

即辞めのリスクがあります。




織田信長の部下は、

武将よりも農民の方が良いのです(笑)。




尚、

普通レベルの経験者なら民主型が、

有能な経験者や専門職なら放任型が、

上司として適しています。




適材適所ということですね。




続く。




☆本日の結論
「独裁型リーダーは大変な部署に異動させられる宿命。」

独裁型リーダーは、

自分に自信があり、

プレーヤーとしてもAクラスである場合が多いです。




てか、




プレーヤーとしてBクラス以下のくせに独裁型

というのは、

最も人心掌握しにくいパターンです。




独裁型は、

カリスマ性というか、

部下からその能力が尊敬されている人でないと、

上手くいかないでしょう。




また、




部下の評価に自分の好き嫌いが出やすい

というのも独裁型の特徴です。




個人的な相性もあるでしょうが、




使える奴は可愛がる

使えない奴は切り捨てる




さらには、




自分になつく奴は可愛がる

自分になつかない奴には冷たい




という

利己的風な傾向が出やすいです。




ただ、

私は、

ミッション遂行に対する責任さえしっかり持っていれば、

それを利己的と定義しようとは思いません。




以前の記事にも書きましたが、




利己的な独裁型とは、

好き放題やった挙句、

ミッション遂行の失敗を部下や環境のせいにする人です。




で、




昨日の記事にも書きましたが、

チームが平穏な時(特に良くも悪くもない時)というのは、

独裁型の悪い面ばかりが目立ってしまいます。




なので、




自分は独裁型だと自覚している人は、

そういう時は、

謙虚さという皮を被ってください。




自分の意見は引っ込めて、

部下の意見にしっかりと耳を貸しましょう。




おそらく、かなり苦痛な作業でしょうが(笑)。




独裁型は、

「オレのアイデアの方が優れているし、

当然、その方が利用者にとって有益なんだから、

オレのアイデアを採用すべきだ!」

と、

すぐにミッション達成のための最短距離を進もうとしますが、




長い目で見れば、




その繰り返しにより、

部下のモチベーションは下がり、

部下の成長も止まり、




結局、

利用者の不利益へと進んでしまうのです。




なので、




自分の思い通りにならなくても、

自分の理想より少々低いレベルでも、

部下の意見を重視する姿勢を見せましょう。




それが、

民主型です。




正確には、

隠れ独裁型民主野郎です。




明らかに悪意を感じさせるネーミングですが、




実は、




私は、




最も成果を上げやすいのはこのタイプだと思っています。




もちろん、

オレ竜型は別格ですが、





独裁型気質のリーダーが民主型の技術を身につける

というのは、




ドラクエで例えれば、

武道家が賢者になるようなものですから。




最強なのです。




そして、

隠れ独裁型民主野郎にとって、

最も有効な技術が、

コーチングです。




続く。




☆本日の結論
「独裁型が民主型になるのは可能だが、その逆はない。」

独裁型というのは、

能力や自信がUPすると

その傾向も強くなりますが、




根本的には、

気質が強く影響していると思っています。




では、




果たして、




民主型の気質

というものがあるのでしょうか?




放任型の気質なら分かりますよ。

ルーズだったり、

他人に無関心だったり、

負荷を嫌う性格だったり。




ただ、

民主型の気質というのだけは釈然としません。




あれは、

明らかに、

後天的に身に付いた知恵であり技術

であるように思います。




今、このコミュニティ内においては、

自分を抑制した方が良いだろう

と判断した上での

意図的なスタイルだと思います。




一般的には、

会社に入ったばかりとか

経験不足等の理由で

自分に自信がないときに、

そういう意図が強くなりますね。




けど、もし、

ナチュラルに民主型の気質の人がいたとするなら、

それは、

根本的に自分に自信がなく、

人の顔色ばかり見てきた結果

自分を抑えているだけ


という感じでしょうか。




なので、

ナチュラルに民主型の人というのは、

いわゆる根性ナシなのだと思います。




本来はリーダーには不向きなのだと思います。




だから、私は、




ミッション達成動機が強い独裁型気質にも関わらず、

民主型のテクニックを駆使して、

少々遠回りしてでも、

巧みにチームをまとめることが出来る




つまり、

部下に配慮しながらも

確実にミッションを達成するという

隠れ独裁型民主野郎が

最強だと思っているのです。





少なくとも介護業界においては。




他の業界でも、

成功者の多くはこのタイプではないか

と思っています。




なので、




独裁型リーダーには、

早い段階で民主型のテクニックを教えることを

お勧めします。




そして、

隠れ独裁型民主野郎という

ハイブリッドリーダーを養成しましょう。




けど、

民主型のリーダーに

独裁型のエッセンスを教えて

ハイブリッドにすることはできません。




仮に教えたとしても

気質の問題で実行不可能なので意味ないのです。




つまり、




格闘家は賢者に転職して両方の能力を持つことができるけど、

賢者は格闘家には転職できないということです。




ちなみに、

放任型に独裁型を教えることも同様の理由で無意味です。




ただ、

放任型や独裁型にオレ竜型をマスターさせることは可能です。




さて、

ナチュラル民主型についてですが、




私は、

特に介護業界においては、

このタイプは成果を上げ難いと思っています。




それは、

介護は仕事の内容や目標が抽象的であるがために、

部下の意見によってブレブレになりやすいからです。





最終的に、

チームワークは良いのだけど、

いったい何がしたいのか分からないチーム

になってしまいがちです。




「うちのリーダーは

調整には長けているけど、

いったいあの人自身は何がしたいのだろう?」

と思われるかも知れません。




なので、

ナチュラル民主型リーダーが成果を上げるためには、

・強い理念と行動基準を持った組織であること

・リーダー自身もブレないビジョンを持っていること


という条件が必要になります。




皆の意見はしっかりと聞くけど、

幹の部分は絶対にブレないからね。

というスタイルがベストです。




あれ?

コーチングの話が無視されてるぞ。




続く。




☆本日の結論
「根性ナシなんて言って、本当にすまないと思う。」

独裁型丸出しだと、

よほどの人気者でない限り、

徐々に部下の感情がマイナスに振れていくので、




表面上は民主型というスタイルを

採らざるを得ません。




しかし、

ガチで民主型をやってしまうと、

非常に手間がかかった挙句、

結論もブレブレになってしまいます。




なので、

コーチングが有効になります。




部下の意見を引き出しながらも、

理想的な結論へと着地させる技です。





上司は意図通りの結論に満足し

部下も自分の意見が反映されたことで

感情的に満足するわけです。





WINWINです。




論理よりも感情が優先される介護業界

においては、

そういうプロセスがかなり重要になります。




ただ、

これはかなりのテクが要求されます。




高度な

・論理的思考と

・感情表出のコントロールと

・コミュニケーション能力が


求められます。




それを身に付けた者だけが、

隠れ独裁型民主野郎に進化できるのです。




簡単ではないですが、

頑張るしかないですね。




続く。




☆本日の結論
「次回が最終回」

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