昨日、他部門のスタッフに理念等の研修を行いました。




例によって、

なぜ理念が必要なのか?

というところから。




そもそも、

チームにおいて個人においても、

仕事には目的が必要であり、

それがあるからこそ、

挑戦も達成も生まれる

という話です。




目的のない仕事とは、

すなわち公務員のような仕事であり、

それは仕事をこなすこと自体が目的なのです。




そうなると、

ミスなく仕事をすることが最大の成果となり、

少しでもミスの可能性を生む「挑戦」は

避けるべきものとなります。




公務員という身分を与えられていることで

かろうじてそのような微妙な立場に甘んじても

どうにか納得できているだけで、

はっきりいって仕事に対して

やりがいや面白さなど感じられないのです。




これは公務員批判ではなく、

あくまで例えとして話しました。




よって、




私たちは、

仕事に目的(理念、使命)を見出し、

それに向かって努力し、

なお、その努力とはがむしゃらな労働ではなく、

学びであり挑戦であるのだが、

その結果、成果と達成感を得て成長する。




このようなサイクルを生み出してこそ、

個人もチームも活性化し、

仕事にやりがいと誇りを多く感じることができる。




というような

誠に素晴らしい話でした。





ところで、

リハビリのためのリハビリとなれば、

仕事をこなすことが目的ってのと同じですよね。




だからICFでは

活動と参加、

特に社会参加という、

再度人生のステージに立つことを目的として、

日々のリハビリに励みましょう

という枠組みを提案しているのです。




目的を意識することの大切さ、

これは何事にも共通しますね。




☆本日の結論
「いたって正論な記事ですみません。」

少なくとも福祉業界においては、

多くの場合、

新規事業や企画は経営者が考えます。




「今後は〇〇をするぞ!」

という掛け声に対して、

管理職をはじめとする従業員の最初の反応は、

「え~、マジでぇ~」

的な感じですよね。




これは、

「また、大変になるなぁ~」

「今でさえ忙しいのに」

「また異動?」

「てか、スタッフいないだろ」

「そんな余裕があるなら既存の施設をどうにかしてよ」

という思いが背景にあるからでしょう。




しかし、




だからこそ、




「社長!(理事長!)

今度〇〇の地区に〇〇を新規でやりましょう!」


と逆に提案する従業員がいたとしたら、

その価値は超レアなのです。




しかも、

単に威勢がいいだけでなく、



「集客はできるのか?」

「はい!あの地区には競合はまだいません!

やるならいまのうちです!」



「人の問題は?」

「はい!立ち上げメンバーに関しては私がどうにかします!」


「既存の施設は大丈夫か?」

「はい!私がその時期までに仕上げます!」



ここまで言い切るだけの実力と責任感、

向上心と勢いがあれば、




この福祉業界でこのご時世であったとしても、

最低でも年収1千万はゲットできるでしょう。




どのような経営者でも

きっとそのような人材を求めています。




そこに希望があるのです。




☆本日の結論
「まあ、それだけの人材は起業する確率が高いんですが。」

介護スタッフが何か議論をする時、

あるいは上司に相談に来る時というのは、

往々にして「利用者が困っているから」

ではなく、

「スタッフが困っているから」

という内容が多いですね。




このことは大いに問題であり、

純粋に利用者の体調、辛さ、苦しさ等に

焦点を当てて議論し、相談すべき

と指導する必要があります。




こういうOJTをしなければ

まともなスタッフが育ちません。




一方で、

マネジメントをする立場であれば、

やはり、

「介護スタッフが困っていること」

をしっかりと拾い上げる必要があります。




それは部下をサポートするのが役割

という意味もあるのですが、




むしろリスク回避のためと考えます。




介護スタッフが困っているケースと言うのは、

・無意味なコールが多い

・介護拒否がある

等のことですね。




そして、

これらの問題は、

個々のスタッフの力量によっては、

許容範囲を超えてしまうことになります。




よって、

これらの状況を放置しておくと、

2つの大きなリスクが高まります。




それは、

虐待バーンアウトです。




志が低めの人が前者、

志が高めの人が後者

になりがちです。




☆本日の結論
「いずれも経営的に大ダメージなのです。」

「特養は生活(暮らし)の場です!」




という言葉は、

今後は、

理念ではなく商品として考えるべきだと思います。




なぜなら、

介護医療院が新たに生まれるからです。




生活(暮らし) + 介護 = 特養

に対して、

生活(暮らし) + 介護 + 医療 = 介護医療院

となります。




既に医療がない分、

特養は不利なのです。




よって、

生活の場として特養に有意性がなければ、

完敗です。




だからこそ、

「うちには医療はないけど、

生活の場としてのクオリティが全然ちがいますから!」


と言い切れるだけの商品価値が必要なのです。




しかも、

介護度の軽い方が含まれているGH等では、

自然と生活感が発生しやすいですが、

今や介護度の高い方しか入居できない特養では、

高度なケアを促進すればするほど

生活感から離れていきます。




なので、

今まで以上に、

・生活の場とは?

・暮らしの場とは?

・(施設内)コミュニティとは?

といったことを強く意識し、

様々な工夫を考え実践する必要があります。




というわけで、

暮らしの場・生活の場・コミュニティ部会

を立ち上げることにしました。




現場で仕事をしている時や日頃のカンファレンスでは、

なかなかそこを考えるということはないですからね。




話しは変わりますが、




先日、

とある方の誕生日の企画にて、

本人の口から「お墓参りに行きたい」という言葉が出たので

行きたいです、という提案がありました。




それに対して私がアドバイスしたのは、

普通、墓参りは盆か彼岸か命日に行くと思うよ。

自分の誕生日に行く人っている?

ということです。




結局、

墓参りは、

(以前の生活を調査した上で)

彼岸に行くことになりそうです。

で、誕生日は別に考えましょうと。




個別の誕生日企画という機会があったため、

たまたま墓参りというニーズが浮かび上がりましたが、

本来であれば、盆や彼岸に向けて、

ニーズを抽出しておくべきですよね。




そういう実践も、

生活の場としてポテンシャルだと思います。




おしまい。




☆本日の結論
「特養は暮らしの中にケアがある。←意外と盲点です。」

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