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Author:元気の子
多くの介護関係者が何となく思っていることを、あたかも理論的に言語化するのが好きですが、エビデンスはほとんどないのでご了承ください。

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前回の続きです。




特養等にて、

入居者を放置状態にしたり、

身体拘束をしたりした時、

そこの介護スタッフが

それを平然と当たり前に感じているかのような

振る舞いをしてしまう理由ですね。




今回はその理由を

精神分析の理論で考えてみます。




多くの人は、

介護スタッフのこのような状況を、

感覚のマヒとか異常な人格で

説明しようとします。




これは性悪説的考えであり、

介護スタッフはお年寄りの存在を軽く考えている

誠実さや優しさに欠けたひどい人たちだ

という前提です。




しかし、

いかにも優しそうで共感性も高そうな介護スタッフが

同様な状況になってしまっているのを

私たちはよく経験しています。




とすれば、




むしろそれは逆であり、




目の前の入居者に対して申し訳ない

という罪悪感を強く抱いているからこそ、

その罪悪感に自分が潰されてしまわれないように

自己防衛している、

すなわち防衛機制が働いている

という見方を持っているのが

精神分析理論です。





防衛機制には、

適応性の高いもの(大人っぽいもの)から

低いもの(子どもっぽいもの)まであり、

その種類は様々です。




今回のケースに適用可能なもので、

適応性の高い順に並べると、

・知性化

・合理化

・否認

・投影

といったところでしょうか。




「知性化」は、

専門知識・用語でもって、

その状況を正当化するものです。

自分自身が納得するだけでなく、

他者を説得することでより安心感を得ます。

身体拘束のケースでは、

看護スタッフが用いるかもしれません。




「合理化」は、

むしろ入居者にとっては、

その方がハッピーなんだという

理論を形成することで、

自分が納得するわけです。

介護スタッフが

自分の無力感を合理化するのです。




このあたりから、

徐々に適応が低くなります。

つまり以下のような防衛機制を用いるスタッフが多いと、

運営がしんどくなるのです。




「否認」は、

あたかもその事実が存在しないかのように

振る舞うことです。

いわゆる見て見ぬ振りというやつです。

無意識的にその情報を遮断するのですから、

問題意識も生まれません。

感覚の麻痺に近いのはコレかも知れませんね。




「投影」は、

自分の悪い側面を他者の中に見出して、

その他者を責めるという心理であり行為です。

今回のケースであれば、

「入居者はこんな目に合っても仕方がない」

という自分の中のダークな考えを、

介護リーダーや施設運営者に投影し、

「こんな環境では入居者が可哀そうだ!」

「ひどい施設だ!」

「そこで働いている私たちも被害者だ!」

と訴えるわけです。




もちろん、

その現場は「闘争 - 逃避」の様相となりますね。








身体拘束に対して、

看護師が知性化で承認し、

介護リーダーが合理化で追随し、

介護スタッフが否認し続ける中、




とある家族に

「身体拘束してても当たり前みないな顔を

職員がしているのを見るととっても不愉快だわ!」

と言われ、

現実に直面してしまうと

どうなるか?




「は!?」と我にかえって、

あらためて罪悪感を抱きつつ

前向きに対処方法を考えるのは

優れたチーム。




やはり罪悪感を避けるがために、

自分たちの悪い面を管理者に向けて投影し、

「上司の指示で身体拘束なんてやらされて、

なんで私たちが家族に文句いわれないといけないの」

と不満を口にするのは

幼いチーム

ということですね。




こういった人たちでも、

罪悪感を抱いているからこそ

というのが救いのような気もします。




おしまい。




☆本日の結論
「罪悪感を全く抱かないのはサイコパス。」

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