未来を考える

数日前の夢ですが、




私の知人が皆の前に現われ、

「実は私は、以前事故にあって、

今は首から下は全て人工物なのです。」

といきなり言って、

服を脱いでみせてくれました。




その身体はまだまだ未完成なものらしく、

異様な光景でした。




皆が同情的なムードになっていると、

その人は言いました。




「これ、めっちゃ楽なんよ。

疲れないし、痛くなることもないし、

かゆくなることもないし、もちろん腰痛もないし

お勧めですよ。」

と。




私は目が覚めた後も

なるほどと思い、

私が死ぬまでにそういう時代がくるだろうな

と確信しました。




つまり、

人間が脳以外のパーツを交換して

より高性能になることが可能になる時代です。




ボルトより速く走れる足やジャイアン級の腕力、

さらには、夜行性の目や空を飛べる能力までもが、

数千万円から数億円で購入できるのであれば、

そして、病気の心配をしなくていいのであれば…。




そうなると、

同時に、脳の若さを保つ技術も発展するでしょう。

認知症にならないどころか、

100歳を過ぎても成長し続ける薬とか。




場合によっては、

パーソナリティも書き換えることができるかもしれません。




もし、それらが安価で提供されたら、

介護という概念自体がなくなるでしょうね。




で、




実は、

コレ系のもう一つの可能性として、

私は遺伝子市場の発展も有力視しています。




あの名作映画『ガタカ』のように、

知能や運動能力に優れた人の遺伝子が、

高額で売買される状況です。




この状況が現実味を帯びてくると、

永遠のテーマである

「遺伝か環境か」

という議論も大きく方向性が変わるでしょう。




今は環境の大切さが多く主張されていますが、

それは、既に生まれてしまった者に対して

我々が唯一操作でき投資できるのは

環境だからです。




つまり、

環境(子育て・教育等)のための商品やサービスを売るために

環境優位を唱えるわけです。




遺伝の影響を主張したところで、

何の商売にもならないですからね。




しかし、

遺伝子の売買が可能になると、

やっぱ環境より遺伝やろ!

という方向に一気に行くと思います。




あの環境説はどこに行ったのか…

というくらいに。




おしまい。




☆本日の結論
「これらは現実化してほしくないけど、この流れは止めやろうなぁ。」

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